——そう。だから、僕にちょっと付き合ってくれないか?
恥ずかしくて彼女の顔を直視することができなかった。
自分でもなぜこんな積極的な行動を取れたのか分からないのだが、ふと思い立った僕は、彼女の腕をグイッと引っ張って立ち上がらせた。
「ちょ、ちょっと水瀬君……!」
僕が半ば強引に夏音の手を引いて歩き出したので、彼女は何がなんだか分からず、かなり戸惑っている様子だった。
そりゃそうだ。彼女からしたら、突然やってきた僕に何やら説教めいたことを言われ、今まさに拉致られそうになっているのだから。だが、正直に言おう。僕だってこれから自分が何をしようとしているのか考えあぐねている。
ただ、家の前で何かに怯えているように小さくなっている彼女を見て、早く彼女をこの場から遠ざけねば、という使命感に駆り立てられたのだ。
「ねえ」
「何?」
「私たち、どこに行くの?」
「それは今から考える」
「は……」
後ろにいる彼女がいかに今のこの状況を不思議がっているのが十分に伝わってくる。でも、掴んでいる彼女の手首にふと目をやると、そこに痛々しい青い痣が浮かんでいるのが見えて、僕は悔しさを振り払うように前へと進んだ。
「で、これはどういうこと?」
「どういうことって」
「今の状況よ!」
「二人で電車に乗ってるんじゃないか」
「それは分かってるわ」
「じゃあ何が訊きたいの?」
「だから……!」
隣に座っていた彼女が、手ごたえのない僕の返事にもどかしさを覚えたのか、ムッとした様子で声を上げようとしたが、車内で大声を出せないと思い直して大人しくなった。
「その調子ならもう大丈夫そうだね」
「え……?」
「だって、さっきまですごく辛そうだったから」
自ら実行委員を務める文化祭をすっぽかして家の前で肩を抱えて震えていた彼女は、誰がどう見ても大丈夫ではなかった。
「……水瀬君」
「何?」
「ごめんね」
「なんできみが謝るの」
「だって私、あなたにいっぱい迷惑かけてるから」
彼女は申し訳なさそうに声を静めてそう言った。
「さっきも言ったけど、きみは悪くないって。というか、これは全部僕の自己満足だから、気にしないでほしい」
「そっか、ありがとう」
横目で見た彼女は少しだけだけど笑っていて、僕は心底安堵していた。
やっぱり彼女には悲しそうな顔は似合わない。ずっとずっと笑っていてほしい。
「水瀬君さ、さっき私に言ってくれたよね。私の青い絵が綺麗だったって」
彼女が静かな声で話し始めた。その声が先程よりも落ち着いていたので、ざわついていた胸が鎮まり、落ち着いて彼女の話に耳を傾けることができた。