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「元気にしてるかなあ……夏音」
ビールを片手に枝豆をつまみ、目を細めて昔を懐かしみながら沢田さんが放った言葉に、僕は耳を疑った。
「今なんて……?」
お酒が入っているから聞き間違えたのかもしれない。
隠しきれない動揺を露わにしながら目の前のショートカットの彼女を凝視した。
「やだ、そんなに見つめないでよ」
「ご、ごめん」
どうやら自分で思っている以上に彼女を食い入るように見つめてしまっていたらしい。これは反省。
「で、さっきなんて言ったのか、もう一度教えてくれる? 酔ってて聞き間違えたみたいなんだ」
僕はすっとぼけた様子で沢田さんにそう訊き返した。すると彼女は、「水瀬君って意外と抜けてるのねぇ」と呆れながら、もう一度、件の台詞を繰り返してくれた。
「さっき言ってた、めちゃくちゃ真面目で努力家な友達のこと。夏音っていうんだけど、中学校を卒業して以来全然会ってないの」
ナツネ……夏音。
確かに今、彼女はそう言った。
「なつね」なんて名前、あまり多い方じゃない。僕は「もしかして」と想像を膨らませては心の中で、「そんなはずないよな」と否定した。でも、“その可能性”は全くゼロなわけではない。だから僕は、乾いた口の中で生唾をゴクンと飲み込んで彼女にこう質問した。
「沢田さん、出身は?」
「え、出身? 東京だけど」
……やっぱりそうか。
僕はいったん傍らにあったビールをひとくち口に含み、しばらく何が起こっているのか考えた。当然のことながら目の前にいる沢田さんは、僕がなぜ黙り込んだのか分からず不思議そうな顔をしている。
今思い返せば、彼女は一昨日僕に自己紹介をしてくれた時、こう言っていた。
——沢田さんは、何回生だっけ?
——S大学の2
——お、それじゃあ俺たちと一緒じゃん。
——そうなんですね。
——そう。俺も水瀬も2
よく聞いていないと、聞き流してしまうぐらいのちょっとした違和感がそこにはあった。
関西では、ほとんどの大学生が「〇年生」という言い方をせず、「〇回生」と表現する。
でも、例えば僕や沢田さんのように関東から関西にやって来た人の中には、地元に帰ると、友達には「〇年生」と言うようにしている人が、若干名いるのではないだろうか。僕も、大学に入学したばかりの頃は地元の友達にも「〇回生」と言っていたが、前に一度、関東の友達に「〇回生」というと首を傾げられたことがあった。それからは、関西以外ではあまり「〇回生」という表現をしないように注意している。恐らく彼女もその一人で、自己紹介の時に「2年生」と言う癖がついているのだろう。
「あの、水瀬君。どうして突然あたしの出身地なんか聞いたの?」
僕が一人で思考を巡らせている間、僕の質問の意図が分からない沢田さんは依然として不思議がっている。
それもそのはず。それまでは自分の友達の話をしていたのに、急に出身地なんて聞かれた上に、酒を酌み交わしている相手であった僕が、一人悶々と考え込んでいるのだから。
しかし、これはどうしたものか。
一度冷静になろうと考え、店員さんを呼び、とりあえず追加のビールと塩味のつくねのおかわりを頼んでおいた。
「あれ、また塩味頼むの?」
「あ、ああ。美味しかったから」
「そう」
店員さんに注文をしている間も、一体何から彼女に確認するべきかと頭を悩ませていた。
しばらく頭をひねり続けたけど、結局は事実を伝えるしかないのだと思い至る。
「驚かないでほしいんだけど」
「どうしたの?」
先ほどから何を考えているか分からなかった僕の口から、ようやく「答え」が聞けると思ったからか、沢田さんは身を乗り出して必死に僕の次の言葉を拾い上げようとしていた。