「僕の彼女も、“夏音”っていう名前なんだ」
「え、そうなの!?」
「驚かないでほしい」という僕のお願いをよそに、気持ち良いぐらい綺麗にびっくりしてくれる沢田さん。
「ああ」
「そうなんだ、びっくりしたー。“夏音”なんて珍しい名前なのに、よく同じ名前の知り合いがいるもんだね。しかも旧友と彼女だなんて、これって運命?」
そう言う沢田さんは、お互いの知り合いである「夏音」という人物を介して、僕たちが不思議な出会いをしたのだと解釈しているようだ。まあ、普通の人ならそう考える。いくら「夏音」という名前が珍しい名前だったとしても、同じ名前の人が知り合いにいる確率は決してゼロではない。
でも、恐らく違う。
そうじゃないんだ。
「実はさ、僕も東京出身なんだ」
「え?」
今度は先程よりもいっそう驚いた様子で、沢田さんが目を瞬かせた。
「それで、僕の彼女も——夏音も、東京出身なんだよ」
「……」
僕の度重なるカミングアウトに、彼女はまるで絵に描いたかのように唖然としている。
「驚きすぎて何も言えない」と戸惑う様子が伝わってきて、僕らの間に何となく気まずい空気が流れ始める。
その時、
「失礼いたします。ご注文のビールとつくね塩味をお持ちいたしました!」
沈黙が続いていた僕らの間に割って入ってきた店員さんが、良い意味で空気を読まずに威勢の良い声で、注文した料理を持ってきてくれた。
この時ばかりは、普段からせわしなく注文をとって、時々間違えながらも元気よく料理を運んでいる居酒屋のお姉さんにとても感謝した。
「……東京出身の同世代の女の子に、“夏音”なんて名前の子が何人もいるってことなのね」
沢田さんが、「自分の解釈」の中におさめた上での見解を述べてくれる。
「いや、そうじゃなくて」
ああ、何と伝えればいいのだろう。
もしかして、もしかしたら、いや、ほとんど僕の予想が正しいのだけれど、頑なに「第二の解釈」を認めようとしない沢田さんに、どうすれば別の可能性を想像してもらえるだろうか。
「……分かってるよ、水瀬君が言いたいこと」
お……?
これは、僕の想像がテレパシーか何かで伝わったのだろうか!
「同一人物かもしれないってことでしょう」
ようやく彼女が、僕の聞きたかった言葉を口にしてくれた。
「そう! そうなんだ。僕はその可能性を疑っている……というか、ほとんどそうなんじゃないかと思う。きみの言う“夏音”と、僕の知っている夏音の像が、全く一緒だったから」
「それって、例えばどんな?」
「めちゃくちゃ真面目で」
「うん」
「傍から見れば“何でも持ってる人”に思えるところとか」
「うん」
「でも本当は陰で人一倍努力してるところが」
僕がそこまで言った時、沢田さんが「ふふっ」と笑った。
「な、なんだよ」
「だって、水瀬君が何だか嬉しそうだったから」
「そうか?」
「ええ。水瀬君、夏音のこと本当に好きなんだね」
「それは……そうだな」
女の子の前でこんなことを面と向かって言うのは恥ずかしい。でも、彼女に対する気持ちは、二年前以上に本気だったので、臆せず答えた。
「僕は本気で、夏音のことが好きだよ」
「それはとっても嬉しい。ありがとう、夏音のこと好きになってくれて」
沢田さんが、今までにないくらい素直な気持ちを口から漏らした。
何だか急に改まった会話になったような気がして、僕らはお互いに可笑しくて笑った。
「それにしても、夏音の中学の友達が同じバイト先に来てくれるなんてなあ」
「あたしだってびっくりしてるよ。夏音とはずっと会ってなくて、気にしてたから」
沢田さんはそう言いながら、店員さんが持ってきてくれた新しいビールに口を付けた。同じタイミングで、僕も二回目の塩つくねを頬張る。うん、やっぱり塩味もなかなか捨てたもんじゃないな。これからは積極的に注文することにしよう。
「そういえばさ、夏音、今京都に遊びに来てるんだけど、中学の時の友達に会いに来たって言ってたんだ。それは、きみのことではないんだね」
僕は、今まで沢田さんから聞いた話と夏音から実際に聞いた話を繋ぎ合わせて生まれた、何気ない疑問を口にした……はずだった。
「え……」
けれど、なぜか沢田さんは、つくねを口に入れようとした瞬間で動作を止めていた。
「どうしたの沢田さん?」
不思議に思った僕がそう訊くと、彼女は瞳をキョロキョロさせながら、伏し目がちに「そんなはずない」と漏らした。
「どういうこと?」
僕には、彼女の言うことの意味がよく分からなかった。だって、夏音が沢田さん以外の中学時代の友達に会いに来たって、不思議じゃないと思ったからだ。
でも、そんな僕の考えも、沢田さんの次の発言によって打ち砕かれた。
「だって夏音は……中学では虐められていて、あたし以外に仲の良い友達なんていないはずだもの」