沢田さんとは結局、2時間ぐらい話し込んでいた。
「じゃああたし、こっち方向だから。水瀬君、夏音とちゃんと話して、どうだったかまた教えて。それから、これからもよろしくお願いします」
彼女はそう言って、電車の駅の方へとスタスタ歩いて消えていった。彼女と別れてからの帰り道も、彼女と話した内容をずっと考えていた。
「それにしても、まさか夏音の友達が同じバイト先に入ってくるなんてなあ」
僕は一人夜道を歩きながらそう独りごちた。
自分と、恋人の中学時代のたった一人の友人が、別の土地で出会う確率って、一体どれくらいなんだろうか。
そんな、計り知れないようなことを想像しては、「くだらないなぁ」と苦笑してしまう。
家に帰り着くまで、夏音にどうやって本当のことを聞き出そうかと考えながら歩いた。
夏音はなぜ、京都に来たんだろう。
今まで「友達のところに行ってくる」と言っていた日は、一体どこで何をしていたのだろう。
思えば今日も、朝から友達と遊ぶと言って出かけていた。でも、その「友達」であるはずの沢田さんは、昨日も今日もバイトに来ていたのだ。
だから多分、いや間違いなく、夏音は嘘をついている。
もしそうだとしても、何のために?
そうやって一人で悶々と考えても、何一つ答えは出ない。現在午後10時10分。夏音はもう、僕の家に帰っているだろうか。
下宿先のマンションに辿り着き、部屋のドアを回すと鍵がかかっていた。試しにインターホンを鳴らしてみたが、夏音の「はーい」という返事は聞こえてこない。どうやら彼女はまだ帰っていないようだ。
僕は鞄の中からゴソゴソと鍵を取り出し、扉を開けた。
当然だが部屋の中はお昼に僕が部屋を出た時の状態のままだった。部屋着や靴下がその辺に放り出されているのが情けない。最近は夏音が家にいることが多かったので、部屋の片付けを任せっきりにしていた。しかしいざ、こうして彼女がいないとなると、いかに自分が怠惰な生活を送っているのかということが身に染みて感じられた。
それから僕は適当にシャワーを浴びたり本を読んだりして彼女の帰りを待った。
実際に彼女が帰ってきたのは、僕が帰ってから約一時間が経過した頃だった。
「ただいま」
帰ってきた彼女はいつも通りの彼女で、特に変わったところはないように見えた。
「おかえり。遅かったな」
「何時に帰る分からないって言ったじゃない」
「そうだけどさ。思ったより遅かったなって」
「ごめんごめん。お酒飲んでたら話に花が咲いちゃって。この間から会ってる友達なんだけど、話し始めたらいくらでも話すことって出て来るものね。女の子の習性なのかしら」
夏音は、鞄の中の荷物を整理しながらまんざらでもないふうに今日の出来事を話してくれた。それがあまりにも自然な様子だったので、僕は一瞬、彼女が“真実”しか言っていないような気がして混乱する。
でも、ここで引くわけにはいかない。
「夏音、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
沢田さんから聞いたことを思い出しながら意を決して彼女に質問をすることにした。
「聞きたいこと?」
夏音は依然として普通だった。鞄からひと通り出すものを出して中身を整理し終えると、僕の方に顔を向けて「なに?」と訊いてきた。
「夏音は、なんで京都に来たんだ?」
「なんでって……何度も言ってるでしょう。夏休み暇だから友達に会いに来たって」
僕が前に聞いたのと同じ質問をしたので、彼女は「どうしてまたそんなことを聞くの?」と怪訝そうな顔をしていた。これぐらいではまだ彼女も真実を言う気はないということか。