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15、記憶喪失

「じゃあ、夏音は記憶喪失ってこと?」


 僕が夏音を問い詰めてしまった日の翌々日、再びバイトでシフトが重なった沢田さんに、夏音のことを話した。昨日の夏音は前日の頭痛を引きずっていて、とてもじゃないが起き上がれる様子でもなかったため、一日中寝かせておいた。僕は彼女が心配だったため、「病院に行く?」と訊いたが、彼女は頑なに「行きたくない」と首を横に振った。僕としてはちゃんと病院に行ってほしかったが、夏音は「いつものことだから」の一点張りで、僕の言うことを聞こうとはしなかった。そんな彼女を無理矢理起き上がらせて医者に連れて行くこともできず、結局昨日は一日彼女の側についていたのだった。


「病院に行ってないからなんとも言えないな。でも多分、その可能性は高いと思ってる」


「そう……大変だったね。一度夏音に会ってみたいけれど、その様子じゃきっと会ってくれないよね」


「そうだな……今は僕以外の人間と会いたくないみたいだった。僕としても、本当は沢田さんと会って、何か思い出せるきっかけになれば良いと思ってるんだけどな」


「そうね。でも今はそっとしておいた方が良いかもね。今日は夏音、家にいるの?」


「ああ。まだあんまり体調が良くないみたいなんだ。昨日よりはマシになったけれど……」


 今日は朝から雨が降り続いているからだろうか、僕らが彼女の話をしている間、幸いか不幸かお客さんは一人も来なかった。そのため、僕ら二人が取り立ててやらなければならない仕事というのは、明日のための仕込みぐらいだった。


「そっか。夏音って、そんなに身体弱かったっけ?」


「ああ、特に対人関係のことになるとストレスでよく腹痛とか頭痛とか引き起こすみたいで」


 僕は、あまり夏音の身体のことを他人にべらべら喋るのは良くないと思っていたが、夏音のことを本気で心配している沢田さんにだけは、話しておいた方が良いと感じた。


「対人関係かぁ。それってやっぱり、中学時代のことが原因かな。あたしが見てる限りでは平気そうに見えてたけど。でも、そうだよね、やっぱり他人に距離を置かれるのは辛いよね」


 沢田さんが、ドリンクの材料を混ぜ合わせている途中で手を止め、夏音のことを慮ってしゅんとする。


「確かにそれもあると思う。でも、実は夏音、高校の時もこの前きみから聞いた中学時代と同じような状況だった。あと、家庭でもあまり上手くいってなくて」


 僕がそう言うと、沢田さんが驚いて目を丸くした。そりゃそうだろう。中学時代の彼女を知っていた沢田さんならきっと、高校では夏音が上手く回りの友達とやっていけるように願っていたはずだから。だから、僕の話を聞いて残念だと感じたに違いない。


「そう……夏音、大変だったのね」


「ああ。それと、僕も」


「え?」


 僕は、沢田さんに自分と夏音の高校時代のことを話すか迷っていた。夏音がこんなふうに人を信じられなくなってしまったのは、僕のせいでもあること。

 ……いや、彼女の人間不信を助長してしまったのは、紛れもないこの僕だということ。夏音のことを大切に思っている沢田さんには、聞いてもらうべきだろう。


「僕は一度、彼女のことを裏切ったんだ」




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