初めは僕の見間違いではないかと思った。
けれど、こちらから20メートルほど離れた場所で楽しそうに話している彼らは、紛れもなく、僕の親友と彼女だった。
夏音が、自分以外の男と二人で出かけることなんて、一度も想像したことがなかった。しかも、相手は僕のよく知っている三宅創だ。一体なぜ三宅君と夏音が一緒にいるんだ。夏音は受験勉強で僕とでさえ最近遊びに行っていないというのに、どうして彼と……?
見れば二人はきちっと外出用の私服を身に纏い、学校とは違う、完全にプライベートな時間を楽しんでいる様子だった。
その上、学年一容姿端麗と謳われている夏音と、スポーツ万能で人気者の三宅君が並んでいると、とても絵になっていた。僕なんかよりもずっと。
二人は一体どんな話をしているのだろうか。
自分のいる位置からは全然聞こえなかったが、少なくとも夏音が笑顔で彼の話を聞いている、というだけで無性に焦りとも怒りとも言い表せない気持ちにさせられた。
今考えると、この時の僕はただ二人の仲が良さそうな様子に嫉妬していただけだし、そもそもなぜこれだけのことで、彼女に疑いの目を向けるようになってしまったか分からない。
多分僕は、ついさっきまで心を弾ませながら二人の記念日の計画を立てていたため、その落差でどん底まで気分が落ち込み、判断力が鈍くなっていたのだろう。
それと、単純に僕が子供だったということは言うまでもない。
「何なんだよ」
放心状態のまま家に帰ると、僕は「ただいま」も言わずに二階の部屋まで駆け上がり、鞄を放り投げてベッドに身をうずめた。
風に靡く黒髪を手で抑えながら微笑む夏音と、普段と同じ明るい笑顔を浮かべる三宅創。
目に飛び込んできた二人の記憶が、僕の胸をがんじがらめに締め付ける。
今日はもうこの場から動きたくない。勉強をする気も起きない。
本来ならこの日のことを彼女にちゃんと説明してもらうべきだった。でも僕はもうすっかり気が動転してしまい、翌日から、彼女のことを避けるようになってしまったのだ。
「待ってよ友一」
翌日の放課後、彼女は久しぶりに僕のクラスの教室の前で僕を待っていた。一緒に帰ろうと思っていたのだろう。ここ最近僕たちはお互いの時間が合わず、一緒に下校することも少なくなっていたので、僕は昨日の今日で教室の外に彼女が立っていることに驚く。
こんな時、普通なら「久しぶりに待ってくれてありがとう。帰ろうか」と喜んで声をかけるはずなのに、その日は彼女がそこにいることさえ、白々しいと感じてしまった。
だから僕は、健気に待っていてくれた彼女を尻目に、クラスが解散するとそそくさと彼女を置いて下駄箱へと向かった。
自分はここまで冷たい人間だっただろうかと自分でも戸惑いを覚える。夏音を無視して自分一人で先に行ってしまうことなど、以前は考えられなかったから。
「友一?」
当然のことながら、彼女には僕の行動の意味が理解できず、「ねえ」と僕のことを追いかけてきた。夏音はきっと、僕が昨日三宅創と一緒にいたところを目撃したということを知らない。だから僕がなぜ夏音のことを無視しているのかも分からないはずだ。
「待ってよ、待ってってば」
下靴を履きながら、必死に僕のことを追いかけてくる彼女。
依然として無視して学校の外へと進み続ける僕。
周りには同じように部活動に行かずに真っ直ぐ家に帰る生徒がチラホラ見受けられる。皆、「今日は○○先生がね……」とか、「今からカラオケ行こうよ」とか、いかにも高校生らしい会話を繰り広げながら一日の終わりを実感しているようだ。