「――えーであるからして、ここの式を解くには」
授業。
クラスメイトと共に普通の授業を受ける。集められた生徒は各々の学力にどうしても差が出ている。通っていた学び舎の偏差値の上下があるからだ。そこの平均値と中央値を把握し、学園は一人ひとりのレベルに合わせて受講する。
今のクラスは大方のレベルが学園の求める値に達したため、普通に授業しているが、まぁ三か月遅れの俺は個別教室だ。もちろん一人で。
「花房くん、わかるかな?」
「はい、わかりません!」
「うん。正直で結構。どこがわからないかな?」
正直に言うと、俺は頭の要領が悪い方だ。一度では無理、覚えれない。でも繰り返して学ぶとまぁわかる。そんなレベルだ。
ゲームと漫画は秒で覚えるのにお前と来たら……と、前の学校で言われたのは鮮明に覚えている。
しゃーないやん覚えられへんねんから! しゃーないやん! って言ったらゲンコツを貰ったのも覚えている。
前の学校と違って、ここ学園の教師は手取り足取りで教えてくれる。少なくともゲンコツなんて飛んでこないし。それも俺がふざけたら台無しの可能性はあるが……。
「おっと」
真摯に接してくれた先生がチャイムの音を聞いて腕時計を見た。
「今日はここまで。分からない事があったら遠慮せず聞いてね」
「はい」
今日の授業は終わり。これから週に一度のホームルームだ。机の物をバッグに片付け、設けられた個室を出る。自分の教室へ向かうが、道中多くの視線を向けられる。どうやら俺の勧誘をまだ諦めきれない連中が居る様で、男女の視線を最近浴びている。
数分歩き、教室へと入った。
「お、帰ってきた」
ニヤつく大吾と目が合う。いつも通りなので普通に席に座った。
「で? 賢さ中の下で脳筋な|萌もえ》ちゃんは放課後どうすんの?」
「予定なし。っつか一言余計なんだよ」
「わるいね」
テヘペロしている大吾はこれでも成績優秀という謎のバグだ。見た目は
まぁ授業で分からない事があれば答えてくれるので、友人として頼ってはいる。悔しいがこれもバグだ。
「じゃあお前ん
「またかよ。まぁいいけど……」
悶絶の反省会からいい事に、俺の部屋がたまり場になりつつある。
「ん? 瀬那は?」
「今日は女子会らしくてな」
視線に釣られて見ると、瀬那含むクラスの女子たちが一堂に集まっていた。俺の視線に気づいた瀬那が手を振ってくれた。
「あんなに集まっちゃって……」
「カラオケに行くらしいぞ」
大吾とは違う第三者の声。彼の名前は
「よう月野。珍しいじゃん話しかけてくるなんて」
「たまにはな。このクラスは皆仲が良いからこうやって気さくに話せるのさ」
その気さくな空気をもたらしたのは月野の人柄もあるが、隣の大吾も影響しただろう。
俺と月野は挨拶を交わす程度で特に深い交流はないが、二人は仲がいいようだ。
「でだ。女子は
「ほんで?」
胸を張る月野に疑問を投げる大吾。
「花房」
「……」
大きな手の月野に肩を掴まれた。
「お前の部屋で、ゲーム大会、やらないか……!」
「は?」
なぜ俺ん家? 初めて遊ぶのに初っ端から人ん家かよ。
「ん?」
視界の端に見えたのはたむろする男たち。皆目をキラキラさせて俺の了承を期待している。風に取れる。
「実はみんな花房と仲良くなりたいと思っていてね。見ての通りみんな陰キャ気質で声をかけ辛かったらしい」
確かにモブですって顔が並んでるわ。俺もそのうちの一人だが。
「ところがだ。普段の会話と噂で、花房がス〇ブラプレイヤーと言う事がわかった」
「そうだよ。俺ゲーマーね。みんなと同じ陰キャだから」
後ろのモブたちに向かって言った。するとキラキラが二割増しになった。
「いや、君は陽キャだ」
なぜ否定した月野。モブたちは俺と友達になりたい。俺もモブたちと友達になりたい。陰キャ同士はひかれあうの法則で行こうと思ったのに月野さん……。
「俺は陰キャね。間違いないから」
「花房は陽キャだ」
いや意志が固い目を向けないでくれるかな。
「違うって陰キャだ」
「陽キャだ」
「……陰キ――」
「陽キャだ」
なんなんだこの眉毛。頑なに俺を陽キャに仕立て上げる。陽キャはお前だろうに。
そう思っていると、大吾が月野の肩を掴んで、首を振って否定してくれた。流石は大吾だ。俺の事をよくご存じで。
「
「……陽キ――」
「変態だ☆」
「あ、あ~~!」
「そこで納得するな月野!?」
こいつらときたらふざけた事を……! コミュニケーションのつもりだろうが、完全に俺を舐めくさっている。こうなったら大吾の恥ずかしいやらかしをだな……。
「ほら席に座れー」
担任の阿久津先生が教室に入ってきた。
大人しく従うクラスメイト。チャイム前に先生が入って来るなんて珍しい。まぁこれが普通だとは思うが。
黙り込む阿久津先生。いつもと違う雰囲気にクラス全体に緊張感が生まれる。
しばらくしてチャイムが鳴り終わると、先ずはこう口走った。
「うん。スッゲーめんどくさい事になった」
言葉自体はいつもの緩い感じだが、目が笑ってないので本気なのだろう。
「わかってると思うけど、この学園都市に居る人は全員ある程度の守秘義務がある訳だ。もちろん君たちにも。都市外やSNSはおろか親兄弟、恋人まで、一切の他言無用ね」
休み時間の緩かった学生生活から、一気に張り詰めた現実を叩きつけれる。
「今から開示する情報は数日後、日本だけじゃなく世界中一斉に開示される情報だけど、それまで守秘義務、よろしく」
何人かが頷いた。
「よし。先ずは今タブレットに送ったのを見てー」
タブレットを操作して送られたデータを開いた。
「……」
これは……。
「六月頭に起こったモンスターの漏れ、通称、「ダンジョンブレイク」が起こったのは知ってるよな」
机に肘を着く俺。
「急激に進化してくモンスターだったが、負傷者は数名にとどまり市民含む攻略者にも死者は出なかった。ラッキーだねぇ」
いつもの一言多いスタンス。だが真剣そのもの。
「ヤマトサークルの西田メンバー。日本を代表する一人だが、奮闘虚しく民間人を庇って負傷した。みんなも西田メンバーみたいな攻略者になりなよー」
テレビ中継の画像だろうか。現場の
タブレットをスワイプしていくと、そこにはあった。
「はいこいつ。こいつなぁ~。情報統制でワイドショーでも取り上げてないでしょ。今から言うのは守秘義務ね」
それは俯瞰視点の画像に、地上でズームされた画像がいくつも張られている。
周りには黒い霧が集う様に漂い、羽織られている気品ある装飾のローブが体を隠す。長いローブの端で足元が隠され浮遊していると錯覚する。
深く被られたフードの奥は漆黒で、確認できるのは画像越しで見つめる不気味に光る眼光だ。
「……
先生の声に誰かが唾を飲み込んだ。
「漢字で書くと君の主と書いて君主ね。……突然ゲートから現れたこの
言葉と共に動画ファイルが送られ、指示通りに再生した。どうやら地上から撮影されたようだ。
アスファルトを割り突進する巨体なモンスター。不自然に倒れ伏すと、地面が黒くなりそこから影の様な手が無数に伸び、モンスターを束縛する。
そして大きな手が現れ、黒い何処かへと連れていかれて動画は終わった。
静まり返る教室。
「からだ、固まるでしょ。それが普通ね。俺が言いたいのは、人間の本能がこいつらを危険視してるって事だ。動画だけで怖いでしょ」
少し見渡すと、視界の端に震えている生徒が何人かいた。
「いいねぇウケる~」
あんたはシャキッとしろ。
「んでね、……はい月野くん」
手を挙げていた月野が指名された。
「聞き間違いじゃなければ、今複数形を使いましたよね。こいつ
息を飲む生徒が居る中、阿久津先生は嬉しそうに答える。
「いい所に気付いたなぁ。月野くんがグリフィンドールだったら百点あげてたわ」
いや高得点か。
「我々国連が掴んでいる情報では、こいつはその一体。つまり……
キバヤシか! この場を和ませようとしてるのは分かるが、だだスベリだ。まぁ阿久津先生が楽しそうでなによりです。
「ぷ」
今吹いたのは大吾だ間違いない。
「って事で、我々人類の敵が判明した訳だが、今は君主たちもとい、"ルーラーズ"なる存在が居るとわかってちょうだいね」
ルーラーズ、か。
人類の敵……。つまり人類は俺の敵。
「ッ」
思わず笑みがこぼれタブレットを見る様にうずくまる。
分かっていた。継承した時からすでに分かっていた。俺は人類の敵だと。
だが、だが、それはあくまで”まともなルーラー”の話だ。
「ッッ」
先代君主、アンブレイカブルの思い。そして一片の記憶と共に、俺は
むしろ良かったよ、国連がルーラーズの存在を知っていて。是非ともルーラーズ打倒を目標に頑張ってほしい。
「はいこの話終わり。連絡事項は他にもあるよー。最近ポイ捨てが多いって苦情が学園に来ている。……梶くん、君かい?」
「ちょ、ポイ捨てなんてダサい真似しないですって!」
「うん知ってる。ゴミは持って帰るもんね君。グリフィンドールに十点」
「いや~それほどでも」
「調子のったからグリフィンドールに百点減点ね」
勘弁してくださいよ~。と和んだ空気にささやかな笑いがクラスを包んだ。
先生が大吾にツッコんでいる空気の中、うつむいた俺は別の意味で笑っていた。
「ック、ックク」
アンブレイカブルの想いが俺を操る。そう思える笑みがこぼれる。
『チュートリアル:ダンジョンをクリアしよう』
『スペシャルギフトを開示しますか? ・はい ・いいえ』
突然のチュートリアルメッセージ。このスペシャルギフトは、レイドボスの単独撃破達成時の報酬だった。次元ポケットみたいに開示出来なかったから不思議に思ったけど、なぜ今なのか。
……いや、考える必要はない。俺は前に進むだけだ。・はい を選択する。
『ギフト開示:シークレットダンジョン
思わず拳を握った。
~その日の放課後、萌宅にて。ス〇ブラ編~
「お前ら寄って集って攻撃しやがって! この!」
「あ、着地スキ」
「甘いぞ萌ちゃん!」
「あ゛あ゛あ゛ああああ!!」
八人対戦でピンボールにされたあげく最初に落ちた。