空気が澄んでいる。深呼吸すると、新鮮な空気の影響で細胞一つ一つが喜んでいる気がする。
朝方を演出する薄い靄。あまり目にしない木々に植物が、ここは普通じゃないとうたっている。草木や岩、踏みしめる土までも、何かの力が宿っている。そう思える。
「ん……。お、美味い」
透明度の高い泉。その澄んだ水を両手で掬い喉に通した。安全かどうか明確でない水だが、直感で飲めると思い飲んだしだいだ。
「よし」
喉を潤した後、森の先に見える光に向かって歩いていく。天気も良く、気温は少し肌寒いがちょうどいい。
そして森を抜けると、そこには広がっていた。
視界に広がるのは
たゆたう靄が密集し、広い雲海と成して岩々を隠す。下の方も岩が突起しているが、場所によっては泉もあり、日本ではまず見れない幻想的な世界が俺を出迎えてくれた。
『チュートリアル:ダンジョンをクリアしよう』
『
『悠久の時を刻む仙山。かつてこの仙山には、終わりのない修行に励む仙人たちが居た。緩やかな時間の中、外の悪意が崩壊を招くべく侵攻し、仙人たちは命を賭して戦った。そして仙山に残ったのは、仙人が創り上げた
ステージの世界観をメッセージが教えてくれた。いろいろと思うところはあるが、クリボーの次は仙人ときたか。でも説明を見る限り、敵と戦って仙人は居なくなり、機仙なる者が居るらしい。
まだモンスターと遭遇していないが、その機仙が出てくるのだろうか。
「なるほどねぇ」
岩山が広がっているが、それを繋ぐように橋らしき物がいくつも見える。ずっと奥の岩山に続いていて、遠くの方に荒縄を絞めたひときわデカい山がある。
どうやらあの山が目的地だろう。
そうと分かれば歩みを進める。人が通れるくらいに補装された道を行く。まるで導かれる様な一本道。動きやすい私服のジャージ姿、動き回れるスニーカーを履いて今日は来た。
はたして、俺に待ち受けるダンジョンの洗礼や如何に。
「ん!」
しばらく歩いていると、草むらがガサガサと揺さぶられた。
腰を落として警戒する。
そして飛び出してきた生物。
「ん!?」
俺は目を疑った。本当に !? しか頭に浮かばなかった。
綺麗な黄色の毛並みに丸い体型。短い六本脚に小さな四つの羽。そしてある筈の所に無い顔。顔が欠損しているんじゃない、初めから無いんだ。
「フウー!」
毛並みをなびかせテンション高く鳴き声をあげた。ちなみに顔が無いから当然声帯の類も無い。でも鳴き声があると言う不思議。ここはつくづくダンジョンだ。
「フー」
「フフ―!」
硬直する俺をよそに、草むらから次々と現れる謎の生物。一瞬チラリと首のない正面を俺に向けるが、興味ナシと歩いている。
オーラ剣を出して構えるが、メッセージが俺を静止させる。
『原生生物:
「原生生物?」
何じゃそれ。モンスターじゃないのか……。
「……!?」
記憶に過るものがあった。俺はこいつを見た事がある。正確には現実ではなくフィクション。ゲームと映画だ。
「フーフー!」
アメコミヒーロー映画。そのアジア系主人公も作品に出ていたキャラクターだ。
俺が内心しどろもどろしていると、列を成していた帝江は俺を通り過ぎて行った。
「……」
今思うとあいつら、毛並みふかふかで可愛かったな……。顔がなくて警戒したが、この仙界では普通の事なのだろう。もしかしたら、常識を覆す原生生物が他にいるかもしれない。
次はどんな生物が飛び出して来るかとワクワクして歩いていくが、何事もなく開けた場所に出た。先は崖だが、長い長い橋が掛けられ、向こうの岩山へと続いている。
橋の前で止まる。何年も経っている程の古い橋。この橋は渡って大丈夫なのか……? 崖下を見ると雲海が広がっていて底が見えない。うん。落ちたらまず助からないか。
悩んでも仕方がないので、一歩踏みしめた。俺は『至高の肉体』で体重がよろしくドラえもんなもんだから心配したけど、この橋も何かの力が宿っている様で、軋みはするが大丈夫そうだ。
幅二人分な橋を渡っていると、帝江に続いてまたも変な奴に出くわした。
「んぱ、んぱ」
「……」
何なんだコイツは……。
『原生生物:
中型犬程のデカい金魚だ。ただ帝江と同じで普通じゃない。大き目な顔が一つなのに、体が沢山着いていて忙しなく尾ひれを動かしている。
そして一番ヤバいのが水中を泳いでいるのではなく、空中を泳いでいる点だろうか。口をパクパクさせている。
「んぱ」
何匹かいる一匹と目が合った。ゆっくり近づいて来ると、
「ワン!」
と鳴いて通り過ぎていった。
「……犬だ。金魚なのに犬だった」
仙界って凄い所だ。常識がまるで通用しない。
非常識を味わい少し楽しい気分になりながら渡り、辿りついた。
岩山をくりぬいた所に建てたのか、中華の古風な門が佇んでいた。
門の上部に看板が飾られている。書かれている文字は擦れて読みにくいが、こう書かれている。
「武王猛進?」
俺の呟きと共に強固な門が独りでに開かれた。
入ってこい。
そう思える演出に、俺は揺るがず歩みを進めた。
暗い廊下を進んでいくと、広い場所に出た。平らな石が敷き詰められた広場は円形。壁も石でできていて、円を沿う様に建てられている。
天井は無く、雲がある青い空が見える。
そして円の中央には何かが居た。
それに近づくと、一定の距離から次第に動き始めた。
鈍重そうな体躯にそれを支える大きな脚。二足歩行で直立しているが決して人ではない。体の甲羅から頭部が出ていて明らかに亀。だが尻尾は蛇と言う、数をこなしたゲーマーならわかる正体。
こいつは中国の四神、玄武だ。
だが原生生物の生物感とは違い、二メートル級のこいつはメタリック。つまり機械的な見た目だ。
『
「!!」
俺を認識するや否や、鈍重そうな見た目から思えない程の跳躍を見せた。
「ッ」
回避する着地の一撃。地面が砕け陥没する破壊力。割れた破片が頬を掠めるが、感情のない光る眼を見ると話し合いの隙すら無い。まぁ話し合い出来るとは思っていないけど。
「!!」
顔だけこちらに向けると亀の口から水が発射された。
顔面すれすれで避ける。
そして俺は武王機の拳を胸に受けた。
「ッ!?」
脚でブレーキし威力の線を描くがダメージは少ない。瞬時にオーラを纏い防御力を上げて正解だった。こいつは曲者だ。
「フシュ―!!」
口部からスチームが勢いよく噴出している。俺が貰った一撃、不自然な態勢からの突進拳ストレート。衝撃を少なくするように瞬時に下がらなければ、光沢ある鋼鉄の拳が突き刺さっていただろう。
そして不自然な動きの正体。それは尻尾の蛇をバネにした突進だと推測する。
「!!」
来る!
「――」
再び突進してきた武王仙。やはり尻尾の蛇を使って突進してきており、俺に迫る。
横に大きくステップで避ける。俺のいた場所を少し通り過ぎると、太い脚で地面を砕き、その場で身をひるがえしてまたも突進してきた。
突進。突進。突進。
俺が避ける度に、武王仙が突進する度に、地面が砕け破片が舞う。迫る迫力は凄まじいもので、ちらつく鋼鉄の拳が一層凄ませる。
止まる事を知らない武王仙は、表の看板通りのまさに武王猛進。
「プシュー!!」
だが、つけ入る隙がある。突進自体の破壊力は申し分ないだろうが、如何せん直線的。砕かれる地面を見て臆する事もあるだろう。でも、こいつは非常に避けやすい。
「ッム!」
オーラ剣を出して反撃態勢に入る。
突進してくる武王仙。
寸での所で避け、突進の源である蛇を切り落とした。
「!?」
トカゲのしっぽみたく動く蛇。切り口からスパークが
数メートル先で、恨めしそうに俺を睨む武王仙。
俺が構えていると、鈍重なボディから想像できない跳躍を見せ、俺はたじろした。
空中で機構が嚙み合わさる音がすると、武王仙の顔と四肢が文字通り殻にこもった。そして各部位からジョット噴射の様に青白い何かが噴き出し、高速回転しながら俺に迫る。
「ッ!?」
ギリギリ避けるが、着ていたジャージが一部焦げた。
音を立てて再び襲い来る武王仙。あまりの既視感に俺は避けながらツッコんだ。
「いやガ〇ラか!」
執拗に襲い来る
「プシュー!!」
「ックソ!」
硬い。甲羅に剣をヒットさせるが、斬り伏せるつもりで斬ってもダメージは見て取れない。流石は玄武といったところか。
大きくステップして距離を置いた。ガメラ攻撃は単純だが油断ならない。ならばどうするか。考えた俺はオーラ剣を両手で握った。
「ふーぅ……」
深呼吸する。……無い頭で考えても仕方がない。大吾ならひらめきでワンチャン作るかもだが、俺は要領が悪いんでね。
「フンッ!!」
身の内に宿るオーラを更に出す。蛇口を捻る感覚。両手に握るオーラ剣に集中して、出力を上げる。
そして作られる刀身が長いオーラ剣。これで決める!
「終いにしようぜ!」
「!!」
俺の呼応と共に滞空する武王仙が回転力を上げて突撃してくる。
「――」
大吾が言っていた。俺は脳筋だと。
認めよう大吾や。俺は間違いなく脳筋だ。だから脳筋らしく、高出力のオーラ剣で武王仙を叩く!
「!!」
武王仙。お前は四神の一角でキングクリボーとは桁違いの強さだ。正直蛇にも驚いたし、ガメラ形態なんてロマン満載じゃないか。
でも、通らせてもらう。その機械の体を破壊させてもらう。この脳筋オーラ剣で。
そしてこれが俺の――
「ハイパァアアアオーラ斬りだああああ!!」
縦一閃。回転する武王仙を真っ二つ。機械のパーツが細かく舞う中、両断した武王仙が宙で並んだ瞬間、
「落ちろよぉおおおお!!」
通り過ぎ間に横一線。
「!?!?!?」
声のない悲鳴をあげて、俺の後ろで爆発四散した。
爆風で髪が乱れる中、俺はそっとオーラ剣をしまい、ほっと息をついた。
「第一関門突破ってところか」
俺が一人で決め台詞を言っていると、カラカラと何かが目の前に落ちてきた。
『ドロップ:玄武の証』
「な~る。集めろってか」
証を次元ポケットに入れ、俺は次の橋へと繋ぐ門へと歩き出した。