「それにしてもお仕事忙しそうですね。世界中を飛び回ってるのは相変わらずで」
「世界が変わってからかな、今はアメリカのワシントンD.Cで仕事をしているんだ。プレジデントの意向――」
「パパ、守秘義務があるのよ。これ以上は言わないでね♡」
「OH……。今のは聞かなかったことにしてくれみんな」
一応は混乱は収まり、あぐらをかきテーブルを囲んでお茶を飲んでいる。
大吾の質問に答えた形だが、どうやら大人の事情で関わってる仕事の事は詳しく言えないらしい。
俺からすればいつのも事だけど。
「それにしてもハジメ、少し見ない間に大きくなったなぁ」
「身長は伸びてない。筋肉が付いただけ」
「ほう……」
笑うと小皺が増える笑顔。父さんも年を重ねてる証拠だな。
そんなことを思っていると、父さんが急に腕まくりし、自慢の筋肉を見せつけてきた。
「ハジメ、腕相撲をしよう! アー〇ルド・シュ〇ルツェネッガーと一緒に鍛えたこの筋肉で、父親の威厳を見せてやる」
「マジかよ父さん!?」
「シュワちゃんと友達なんですか!?」
俺と大吾は父さんの言葉に驚愕した。父さんは日本人にしては大柄で筋肉もついてるナイスガイだ。アメリカでさらに鍛えぬいたらしい。
「ほらコレ」
「「「おおおおお!!!」」」
男共がスマホのフォトに夢中。ニヤケ顔の父さんと年老いても笑顔なシュワちゃんが仲良く映っている。
「彼とも仲良しだよ」
「「「ドウェ〇ン・ジョンソン!?!?」」」
WWEのスーパースターザ・ロック様ことドウェ〇ン・ジョンソン。どういったコミュニティで繋がってんだよこの親父。いやマジで!
「凄い上腕二頭筋だ……!」
「だろ?」
ドウェイン・ジョンソンの事を言ったんだが父さんは勘違いしている。まぁドウェインより一回り小さいけど、父さんもいい筋肉だ。
「さてハジメくん。チャレンジャーな君が勝てたらご褒美をやろう」
腕の筋肉が躍動している。血管もバキバキだ。マジで強そう。
『チュートリアル:腕相撲に勝とう!』
突然出てきたチュートリアル。負けるつもりは微塵も無かったけど、余計に勝ちに行く事になった。
そう思っていると、大吾が困った顔をした。
「あの、やめといた方が――」
「大吾、これは家族の問題だ。決めるのは萌だろ」
なんか家庭に問題があるみたいな感じで言うのやめてくれるかな月野さん。ボクは愛されてるんだよ? きっと。
「手加減なんていらないから。俺、勝ちにいくし」
「ほざけ小僧! 父親の壁は高いからな」
父さんのぶっとい手をがっしりと掴む。もちろんまだ力はいれてない。
「はーい力抜いてくださーい」
レフェリー役を買って出る大吾。握る手を確認している。
「パパがんばれー!」
「萌もがんばれー!」
父さんと俺のヒロインも熱いエールを送っている。
「どっちが勝つと思いますか?」
「アイヤー。これはもう……」
月野とリャンリャンは腕を組んで観戦。
「よーし、レディー……」
父さんの腕に力がみなぎっている。そして。
「ファイッッ!!」
「「ッッッ!!」」
ドンッと机が激しく揺れた。
結果は――
「俺の勝ち!」
「NOOOOOOO!!」
『チュートリアルクリア』
『クリア報酬:力+』
当然の勝利をもぎ取った。
「腕は俺の方が太いのに……。これが至高の何たらか……」
俺はおもむろにペットボトルのコーラを手に取る。
「何で負けたか、明日まで考えといてください。そしてら何かが見えてくるはずです」
「HOLY SHIT!!」
「そう思ってないですか? では、いただきまーす!」
プッシュと開けてゴクリと飲んだ。やっぱりコーラは美味いぜ!
俺が本田〇佑ばりの煽りをかましている間、父さんはと言うと。
「息子に力負けするのってけっこうしんどいなぁ……。心に来るなぁ……」
「パパったら落ち込んじゃってぇ。息子の成長も嬉しいでしょ?」
「ウン嬉しい……」
「後で元気出る様にいっぱいごはん食べようねー」
床に手を着いて落ち込む父さん。それを母さんが宥めている。このやり取りが我が家な感じで懐かしい。
「だ、大丈夫かな」
「野球の観戦やらで何かに負けるとこうなる。いつもの事だから心配しなくてもいい。次の瞬間にはケロっとしてるから」
「よし! ハジメが勝ったからみんなにご褒美だ! 今日はおじさんが夕ご飯をごちそうしよう!!」
「マジすか!?」
「ありがとうございます」
ほらな、と、瀬那に目配りした。そしたら瀬那が何か思いついたのか、俺の耳を手で覆ってコソコソ話してきた。
「勝てたご褒美に、今度イイことしてあげるね……」
「!?」
遠のく瀬那の顔は少しだけ赤かった。きっと俺も少し赤いだろう。それにしてもイイこととは何なのか。……えっちな事か? それはえっちな事なのか!? 期待しかない。
「今日の俺は羽振りがいいから回らない寿司屋に行くぞおお!!」
「「ご馳走になります!!」」
男とは飯を食わせてばいい単純な生物だ。無論俺もそう。ボーナスが入ったらしく父さんは羽振りがいい。前までの俺とは違う食欲で回らない寿司屋を選択した事を後悔させてやる!!
「先に外で待ってるわー」
「はーい☆ 片付けたら行くヨー☆」
みんなでご飯に行くと決まってからは早く、そそくさと出かける準備をした萌たち。軽く祝勝会の片付けをしてから行くとリャンリャンは告げると、萌の母も挙手。二人で片付ける事となった。
「リャンリャンさんもありがとうございますね。うちの子って家事は一通りできるけど、ちょっとずさんな所あるから」
「お礼だなんてそんな☆ こちらこそ大哥にお世話になりっぱなしです☆ 私って大哥の事大好きですから☆」
「あらまぁ。そう言ってくれると嬉しいわぁ」
袋を開けてないお菓子を専用の箱に入れるリャンリャン。
「使った食器はとりあえず流しに置いておくわね」
「ハイ☆」
机の上を片付けるリャンリャン。水が流れる音を聞き、ちゃんと浸してくれてるんだと感謝した。
リャンリャンは思った。聞いていた通り、萌の父はおおらかで体格もいい髭の生やした男性だった。でも仕事は一端の研究員だと言うから驚きだ。
リャンリャンは思った。聞いていた通り、萌の母は慈愛に満ちた顔をし、細身だが芯のある女性だと。海外を飛び回っているのはこちらの母親の方で、父親はそれに付いて行っているというから驚きだ。
聞いていた通り、夫婦の仲は円満。
しかしリャンリャンは聞いていなかった。
「ところでリャンリャンさん――」
母親が放つ――
「私には分るんだけど、
驚異的な殺気を――
「……。……」
ピシリとグラスが一つひび割れる。
背中に感じる空間が揺らぐ程の確かな殺気。振り向かなくてもそれは分かる。下手なマネをしては襲ってくるともわかる。
リャンリャンはテーブルを拭く手を止め、振り向かずゆっくりと両手を挙げた。
(今のお母さまの事、大哥は知らないだろうなぁ)
殺気を受けながらも内心余裕があるリャンリャン。だが萌の母親が普通じゃない事は確かだった。
「私がアナタに質問する。そしてアナタが答える。それだけにしましょう。言っておくけど、嘘は通用しないわよ」
「是(はい)」
事を荒立てない。リャンリャンはそう思っている。
「息子に上手く取り入ってるみたいだし、随分信用されてるのね。……何をしたの」
ダンジョンが有る世界で催眠術の類を疑っているのかとリャンリャンは思った。だがそんなもので萌は堕ちない。
「……私が大哥に依存してるんダ。彼が私に次に進む選択肢を与えてくれたかラ」
「……そう。嘘は付いてないようね」
リャンリャンが黄龍仙に成り、それから萌の家臣となった。お互いに死にかけたと思い出す。
「次に、アナタの目的は? ハジメに取り入って何をするの」
――返答次第ではアナタを消す。
なんとも怖い脅しだとリャンリャンは思った。しかしこうも思った。
母心の優しさなんだと。
萌の母がなぜ空間が歪む程の殺気を立っているのか。それは紛れもない母性の片鱗だと仙人は感じた。
(息子思いのいい母親だネ。アイヤー、私の親もこうだったらよかったのニ)
クスリと笑ってしまった。
瞬間、リャンリャンの小指に線のような傷が付いた。無論血は出ない。
それは紛れもない母親の攻撃だった。
「……なぜ笑った」
「アイヤー、息子思いのいい母親だと思ってネ」
そう言いながら、そっと、ゆっくり、手を上げながら振り向いた。
「さっきも言ったけド、私は大哥に依存してるんダ」
「……」
リャンリャンが敵意を含む瞳を見てそう言った。
同時に母の人差し指がピクリと動き、リャンリャンの首に小さな傷が付く。
「だからお母さまに誓うヨ。私は何があっても大哥の味方だシ、大哥に危険が及ぶと身を盾にすル。そして大哥の敵が目の前に現れたら――」
――容赦なく排除する。
「たとえそれがお母さま、貴女であってもネ☆」
細目を開かせ殺気を含んで言い放った。
ビリビリと身に感じる殺気に一呼吸し、冷静を表に出すと。
「嘘は言ってないようね……」
微笑みを返した。