「あら、おはようございます」
玄関を出ると、社宅の廊下で女の人にばったりと出会った。一度だけ、医務室で見たことのある人だ。すごく背が高い。
百八十センチメートルは余裕であるだろう背丈に、全身黒ずくめのワンピース姿。オカマバーか? というほどの厚化粧。見た目のインパクトが強いのに、名前が思い出せない。というか、名乗ったのか? すら。
「おはようございます」
こちらもにこやかに挨拶を返すと、
「昨日の夜は、娘がうるさくしてごめんなさいね」
と、彼女は激アマフラペチーノを売っているお店の紙袋を渡してきた。
「あ、えっと。大丈夫です。全然気にならなかったですよ」
何かあったのかな? 昨晩はヘッドフォンをしてホラー映画を見ていたからほんとうに気にならなかった。
「よかったです」
彼女は安堵したように微笑む。紙袋の中をそっとのぞくと、中に食パンらしきものが入っていた。
「デニッシュ食パンです。いっぱい焼いたので、よかったら貰ってください」
「ありがとうございます」
これ買うと高いんだよな。ありがたくもらっておこう。
それじゃあ、と言って彼女は去って行った。見た目は怖いけどたぶんいい人。食べ物を貰ってそう思う私は、きっと単純なのだろう。