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第2章 第5話 狂気なる平穏②

「あら、おはようございます」


 玄関を出ると、社宅の廊下で女の人にばったりと出会った。一度だけ、医務室で見たことのある人だ。すごく背が高い。


 百八十センチメートルは余裕であるだろう背丈に、全身黒ずくめのワンピース姿。オカマバーか? というほどの厚化粧。見た目のインパクトが強いのに、名前が思い出せない。というか、名乗ったのか? すら。


「おはようございます」

 こちらもにこやかに挨拶を返すと、


「昨日の夜は、娘がうるさくしてごめんなさいね」

 と、彼女は激アマフラペチーノを売っているお店の紙袋を渡してきた。


「あ、えっと。大丈夫です。全然気にならなかったですよ」

 何かあったのかな? 昨晩はヘッドフォンをしてホラー映画を見ていたからほんとうに気にならなかった。


「よかったです」

 彼女は安堵したように微笑む。紙袋の中をそっとのぞくと、中に食パンらしきものが入っていた。




「デニッシュ食パンです。いっぱい焼いたので、よかったら貰ってください」

「ありがとうございます」

 これ買うと高いんだよな。ありがたくもらっておこう。


 それじゃあ、と言って彼女は去って行った。見た目は怖いけどたぶんいい人。食べ物を貰ってそう思う私は、きっと単純なのだろう。

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