「セイコさんは、デートのときって男性が奢るべきだと思います?」
どうせ、お前は生まれてから一度も男とデートなんてしたことないから分からないでしょう?
セイコは、ぽかんと口を開けたまま黙った。『やっぱりね』とアイリは、内心ほくそ笑んだ。
百八十cmを軽く超える高身長、一重で細い目に分厚い唇。セイコは、どう考えても日本人男性が評価する美の基準からは遠い。さらに、年中喪に服しているような黒いワンピースを着て、腰まである髪を無造作に後ろで一本に束ねている。絶対にこの女はモテない。このカシオミニを賭けてもいい。
「いいえ」
と、セイコは答えた。続けて、
「デートのときに男性が女性に奢るべき、という価値観は既存のジェンダーロールを強化します」
「へぁ?」
「デートでの奢りは、男女間の可処分所得の再分配となりますが、それが当たり前に許容される社会ですと、男女間の賃金格差の是正や女性が経済的に自立して自分の人生において自己決定権を持つことの障害になりますよね?」
いや、『なりますよね?』と言われても……。
アイリが呆れているのも気にせずに、セイコは黙々と血圧を測り終えて、黄色いゴム紐のような採血帯をアイリの腕にぎゅーっと巻きつけていく。
「セイコさんって、男性経験とかなさそうですよね(笑)」