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閑話キャロルのセカンドラブ①

「うーん、やっぱ花形競技と比べるとちょっと寂しいわねぇ」


 ウェルシェの親友キャロル・フレンドは苦笑いしながら観客がまばらな講堂を見回した。


 ――剣魔祭二日目。


 剣闘を始めとする武術部門や数々の魔術競技の予選が初日に消化され本日より本戦が始まる。


 しかしながら、キャロルが出場する魔技芸術マギアーツには予選がない。大会二日目からいきなり本戦競技が始まる。


「表現魔術は履修している生徒が少ないから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど」


 まあ、そもそもが予選をしなければならないほど出場選手が参加する競技でもない。


「だけど、だったら中央棟の大講堂を会場にしなきゃ良かったのに」


 キャロルは栗毛色の頭をぽりぽり掻いた。その琥珀の瞳に呆れの色が浮かんでいる。


 ただ、生徒からは人気の無い魔技芸術だが、魔術の技能と芸術的感性を育むと年配の教育者や保護者からは支持を受けている。そして、往々にしてそう言った連中が権力を持っているものなのだ。


 だから、多数から見向きもされない競技なのに立派な会場を与えられているわけである。


「まあ、そのお陰で日陰授業の表現魔術を私は学べるんだけど」


 実用性の低い魔術だけに実利一辺倒の国では学ぶ機会がない。マルトニア王国がアート魔術を無駄と切り捨てなくて良かったとキャロルは安堵していた。贅沢を言えばもう少し生徒にも人気が出ればとは思わないでもないが。


 もう一度キャロルは空席の目立つ会場を見回した。


「ウェルシェは……やっぱ来てないか」


 ウェルシェは魔術部門の超花形競技、氷柱融解盤戯アイシクルメルティング魔弾の射手クイックショットの二つで予選突破している。


「ならウェルシェは順調に勝ち進んでいるのね」


 応援に来ていないのなら試合中なのだろう。一年生で人気のこの二種目を勝ち進んでいるのは驚きである。はっきり言って大快挙だ。


「ホント凄いなぁ」


 親友の活躍は喜ばしい。だが、少し寂しくあるのも否定できずキャロルは複雑な気持ちだ。


「お前がキャロル・フレンドだな」

「はい?」


 突然、キャロルは背後から声をかけられ振り返った。そこに立っていたのは白髪赤瞳アルビノの小柄な美少年。


(えっ、なに?)


 声変わり前のボーイソプラノで小柄で可愛らしい容姿も相まって、まるで天使のような少年。面識は無いがキャロルはこの人物を知っていた。


(コニール・ニルゲ様よね?)


 オーウェンの婚約者イーリヤ・ニルゲ公爵令嬢の弟で、現在はオーウェンの側近をしている。つまり、アイリス・カオロの金魚の糞の一人だ。


 キャロルとは初対面のはずだが、何故か眉間に皺を寄せ怒りの様相を向けられキャロルは困惑した。


「ふん、たいして可愛くもない女じゃないか」


 しかも、いくら家柄が自分より上とは言え、失礼にも毒舌まで撒き散らしてくるコニールにキャロルは内心穏やかではない。


(外見は可愛い天使でも中身は醜い小悪魔インプ みたいね)


 妖精のように無邪気な親友ウェルシェとは大違いだとキャロルは思った。が、カミラがいれば清楚可憐な外見の主人ウェルシェの中身は真っ黒な悪魔デビルですよと教えてあげたくなったことだろう。


 ウェルシェは素知らぬ顔で王妃をイジメて愉悦に浸る愉快犯。顔に感情がもろ出る小悪魔コニールよりも悪魔ウェルシェの方がよっぽどタチが悪い。


「おまえ、己を磨く努力をしないからクラインに見放されたんだろ」


 今も怒りの感情を全く隠そうともしていない。


「それなのに逆恨みしてクラインを貶めるなんて心の醜い女だな」

「はぁ?」


 逆恨みも何もクラインは浮気を繰り返し勝手に自滅したのであって、キャロルは特に何もしていない。だいたい、女にうつつを抜かして努力を怠っているのはクラインの方だ。


「あることないこと吹聴してクラインを苦しめたな!」


 いや、婚約解消となった後、誹謗中傷でキャロルを貶めたのはクラインの母親である。それが王妃オルメリアの知るところとなって叱責を受けたので、これも完全に自業自得だ。まあ、背後でウェルシェが暗躍していたのだが、その事実をキャロルは知らない。


「だが、お前の横暴もここまでだよ!」


 横暴とは立場が上の者の振る舞いであって、目の前のコニールや伯爵令息のクラインなどより低い位置にいるキャロルには当てはまらない。


「お前も魔技芸術マギアーツに作品を出展するようだけど残念だったな。この僕が出場するからお前に勝ち目はない」


 可愛い顔でコニールがふふんと小憎たらしく嘲笑わらう。


「この競技でお前をコテンパンにしてクラインが正しかったと僕が証明してやるからな!」

「???」


 意味不明な発言にキャロルは思考が追いつかない。


 キャロルの方が完全な被害者な1ミリも悪くないのだが、いったい何を正されると言うのか?また、キャロルに非があったとしても、競技の勝敗とはなんの関係もない。


「ふん、どうせお前の作品なんて幼児にも劣る大したものじゃないだろうがな」

「……」


 困惑するキャロルをよそにコニールは暴言を浴びせてくる。


「何も言い返せないのか。無理もないな事実なんだから」


 そう言われても、相手が公爵令息コニールとあって伯爵令嬢キャロルは直答を許されなければ口を閉じる他ない。


「恥をかきたくないなら隅っこで大人しくしておくんだな」


 一方的に罵倒してコニールは去って行った。


「けっきょく何が言いたかったのかしら?」


 コニールの意図が掴めずキャロルは首を捻った。魔技芸術は審査員の前で実演発表する。隅っこで大人しくしろと言われても前に出ないわけにはいかない。


「まっ、相手にしてもしょうがないか」


 キャロルは気を取り直し競技の準備を始めた。

 なんせ今日の審査員には尊敬する先輩がいる。


「ソレーユ様に私の作品を見てもらえるなんて……」


 ブリエ伯爵令息ソレーユ。


 昨年、画壇に突如現れた期待の超新星。印象派の巨頭シロード・マネの再来と学生ながら若き天才画家として名声を得ている。


 オーウェンやエーリックのように王族として注目されたり、側近達のように派手なイケメンではない。だが、それでもソレーユはかなりの美男子。魔術アート界の貴公子(本物の貴公子だが)と呼ばれうら若き令嬢からマダムまで熱狂的なファンがいる。


 魔術アートを嗜むキャロルは当然ソレーユの大ファンだ。


「よーし、せいいっぱい頑張るぞい!」


 胸元で小さくガッツポーズして気合いを入れるキャロルであった。

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