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閑話キャロルのセカンドラブ②

「ああ、もう、緊張してきた」


 次々に競技者が披露する作品を見ながらキャロルはドキドキする胸を押さえた。


「みんな私より上手に見えちゃうんだけど」


 宙に描かれる光のアート達。


 ある者は斬新な、ある者は鮮烈に、ある者は超絶技巧の、そしてある者は美麗で壮大な芸術作品を描き出していく。


 今日の魔技芸術マギアーツの規定は『光魔術』を使った宙に浮かぶ一瞬の芸術。どの作品にも創意工夫と高い技術が窺える、本当に素晴らしい出来栄えだとキャロルには感じられた。


「あの中に自分の作品も並ぶのかぁ」


 果たして自分の作品はこの場に相応しいものだろうか、そんな不安にキャロルは苛まれた。


「いいえ、ウェルシェは私の絵が好きだって言ってくれたわ」


 他の誰でもない。親友が喜んでくれるなら。


 自分の順番になるとキャロルは意を決して壇上へと上がった。


「キャロル・フレンド。タイトル『妖精姫の戯れ』」


 キャロルは小さな少女の絵を描く。それはちょうどキャロルの手の平に乗るサイズ。実際にキャロルは自分の左手に乗せるように描いている。


「なんだ?」

「ふざけているのか?」


 他の者が大きな作品を生み出す中でそれは異質。審査員達も戸惑いを隠せない。中にはキャロルに険しい顔で非難の目を向ける者までいた。


 だが、次の瞬間キャロルの手の上の少女が起き上がった。


「なんだと!?」

「絵が動いている?」


 会場中が度肝を抜かれた。


 少女の背に翅が生え、それが羽ばたく。少女はキャロルの手から飛び立ち宙を舞う。彼女が手を翳せば光の花が咲き、会場は妖精の楽園へと変貌していった。


「凄い!」

「本物の妖精だ」

「妖精姫が踊っているわ」


 会場は興奮に包まれ、誰もがキャロルの作品に魅了されていく。


 ――パチパチパチパチ


 拍手が沸き起こる。


 静かに競技が進行していく魔技芸術マギアーツでは前代未聞の事態であった。だが、審査員や実行員も止めるどころか周囲に同調して拍手を送る。


「こんなの初めて見たぞ」

「いったいどうやっているんだ?」


 光魔術で空中にちょっとずつ変化のある絵を連続で投影していくアニメーションである。この手法はまだ知られておらず、キャロルにしてもウェルシェを喜ばそうと絵を描いていて偶然発見したのだ。


 ちなみに妖精姫とはもちろんウェルシェのことである。キャロルはウェルシェの妖精姫のイメージからインスピレーションを得て今回の作品を思いついた。


 良く見れば花を咲かせる幻想的な光の少女はどことなくウェルシェに似ている。


 カミラが観たら誰だコイツと言いそうだ。


 その妖精の少女ウェルシェもどきは一輪の大きな花の上に止まると両膝をついて祈るポーズを取る。すると花びらが閉じて妖精が隠れ、周囲に咲いた光の花も消えていった。


 全てが掻き消えるとキャロルが手を胸に当てて一礼する。


 わっと会場が沸き上がった。

 ブラヴォーと拍手喝采の嵐。


 毎年開催される魔技芸術マギアーツは静かな競技だ。素晴らしい作品に感嘆が漏れることはあっても、ここまで反響があった事は今までにない。


「本日の最優秀賞は――」


 だからこれは当然の結果だった。


「キャロル・フレンドの『妖精姫の戯れ』です!」


 横一列に競技参加者が並ぶ壇上にスポットライトが当たる。光に照らされた栗毛色の髪の少女が口に手を当て驚きに琥珀色の瞳を大きく見開いた。


「おめでとう」

「ソレーユ・ブリエ様!?」


 表彰盾を手にキャロルの前に立ったのは魔術アート界の貴公子。キャロルの最推し作家だ。


「君の作品は前衛的で実に興味深いものでした。絵も一つ一つコミカルなタッチでありながら基本に忠実で、皆の心をがっちり掴むほど素晴らしかったです」

「あ、ありがとうございます!」

「君からは常識に囚われない才能のきらめきを感じた」


 その神とも崇めるソレーユが笑顔で絶賛してくれている。キャロルは舞い上がってしまい、顔を赤く上気させた。


「これは私もうかうかしていられないね」

「私ごときソレーユ様に遠く及びません」

「そんな事はない。君の作品には本当に胸を打たれた」


(ふわっ、ソレーユ様のご尊顔が近い、近い、近い!)


 表彰盾を手渡しながらソレーユが優しく微笑み顔を近づける。


「君とはもっと芸術について語り合いたいな」

「わ、わ、私とですか!?」


 キャロル・フレンド十六歳、久々の胸のときめきに乙女と化していた。


「どうだろう、君さえ良ければこれから……」


 キャロルへ注がれるソレーユの瞳には興味以上の熱い情念が見える。


 これは腐れ縁の婚約者クラインとの別れから浮いた話の無かった彼女に訪れた最大の転機チャンス――


「その授与待った!」


 ――にならなかった。

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