「あんな駄作が最優秀賞なんておかしいだろ!」
怒気を
「審査員の目は節穴かよ!」
それは真っ赤な瞳を怒りのボルテージMAX状態にした、白髪の天使の如き美少年。
「絵が動いたからってなんだってんだ」
「一つ一つ絵を見れば大したもんじゃないじゃないか」
「絵のタッチは雑、ポップなデザインで下手なのを誤魔化し、全体的に奥行きも無い」
芸術とも呼べない作品が評価されて、コニール・ニルゲは怒り狂っていた。決して彼の作品が全く評価されなかった事を怒っているのではない。
「なんだ君は、失礼じゃないか」
選者の一人としてキャロルの作品を推したソレーユは、あからさまに顔を
「彼女の作品は今までの常識を打ち破る斬新で革新的なものだ」
キャロルを庇うようにコニールの前に立って反論する。
「ちょっと奇を
だが、コニールは構わず鼻を鳴らす。
「こんなのを選ぶ審査員の程度が知れるね」
「自分の作品が認められないからって見苦しいぞ」
「みっともないヤツ」
全くもってコイツらは分かってない。コニールは審美眼のない観衆にイライラを募らせていく。
「そんな本物じゃないものをありがたがるなんて芸術を理解できないんじゃないか?」
「みんなが良いって認めているだろ」
「大衆に迎合するなんて芸術じゃない!」
「偉そうに!」
「何様のつもりだ」
「引っ込め」
いつの時代も愚民はいつも集団で正義を封殺しようとする。何という横暴な者達なんだとコニールは義憤に駆られた。
「ふんっ、おおかたみんなで結託して僕を陥れるつもりだったんだろ」
コニールの物言いに観客の怒りが最高潮に達する。
「「「出てけ!出てけ!出てけ!」」」――とシュプレヒコールが湧き上がる。
理不尽にもよってたかって責めてくる連中に、コニールの怒りはいよいよ爆発した。
「この僕、ニルゲ公爵令息コニールと知って歯向かうつもりか!」
数の暴力でくるなら自分は権力を使う。これは正義の鉄槌であり、不正を働いているのは向こうなのだ。
「文句があるなら一人ずつ名を名乗り出ろ」
ニルゲ公爵家の威光を前にして全員が口を閉じた。ソレーユも悔しげに顔を歪めている。
「ふんっ、ダンマリか」
数頼みの勇気の無い者達をコニールは侮蔑の目で見回して鼻で笑う。
「集団で僕を陥れ、不正でもって自分の作品を優秀賞にする狡猾さ。さすがクラインを陥れようとした汚い女だ」
権威を前に黙る愚民どもに気を大きくして。コニールは事の成り行きについていけず呆然としているキャロルをビシッと指差した。
「僕がお前の悪事をぜんぶ暴――いたッ!?」
「このバカ愚弟!」
ふんぞり返るコニールの背後から近づく影がポカリと頭を叩いた。その影は小柄なコニールより頭半分ほど背が高い。
さらりと流れる髪は暗闇よりもなお黒く美しい。挑むような瞳は血よりもなお赤く気高い。高身長で起伏に富んだ見惚れるプロポーション。
それは……
「あ、
コニールの義姉、公爵令嬢イーリヤ・ニルゲだった。
「なにが義姉上よ、気取ってんじゃない! お姉ちゃまって呼びなさいっていつも言ってるでしょ!」
「イタッ、イタタタタッ、痛い痛いですお姉ちゃま!」
イーリヤに耳を摘んで引っ張られ、コニールは痛みに涙目になった。
「全く、小さい頃はあんなに素直で可愛かったのに」
「ぼ、僕は義姉上の暴力に屈したりしな――イタタタッ!」
「また! こんなに小憎たらしくなって」
「お姉ちゃま、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
昔は天使みたいで私の後ろをよく着いて回って可愛かったのに、と愚痴るイーリヤにコニールがシスコンの外弁慶だと露呈してしまった。
ああ、これ美人で出来る姉に拗らせたヤツやん――会場のコニールを見る目が冷ややかなものから生温かくなる。
イーリヤは耳を引っ張ってコニールをキャロルの前へと突き出した。そして、謝んなさいと頭を鷲掴みにして強引に下げる。
「せ、正義は暴力に屈しない!」
「何が正義よ。我が家の権力を無断で持ち出した粗忽者が」
ポカリと再び叩かれ、コニールは本当に痛かったのか涙目で頭をさすった。
「また殴ったね!」
「悪い事をしたら素直に謝る!」
めっ!と人差し指を立てるイーリヤはまるで子供を叱りつけているようだ。
「いつもお姉ちゃんが言ってるでしょ」
「育てられた覚えなんてないやい!」
「義弟になったらこんなに反抗的になって……」
イーリヤはハァっとため息を吐いた。
「なんだよ、僕は何も悪くないぞ!」
「もう、ちっちゃい時は『良い子にしたらお姉ちゃまのお嫁さんにしてくれる?』って言いつけをよく守ってくれたのに」
「うわぁぁぁぁぁあ!!!」
大衆の面前でイーリヤに幼少期の黒歴史を暴露され、耳を抑えて絶叫するコニールにだんだん周囲が同情の目になっていく。
「覚えてろよー!」
コニールは捨てゼリフを残して逃げ去った。その背を見送っていたイーリヤはくるりと振り返りキャロルに軽く手を挙げて謝罪の意を示す。
「うちの愚弟がごめんなさいねキャロル・フレンドさん」
「えっ、私の名前をご存知なのですか!?」
「ええ、あなたの作品、大変興味深く拝見させていただいたわ」
イーリヤは各方面に才能を遺憾無く発揮しているスーパーレディだ。当然それは芸術方面にも現れており、前衛的なイーリヤのセンスは有名である。商業にまで生かされている分、ソレーユより一般的な認知度は高い。
「とても素晴らしい発想とセンスだったわ」
「あ、ありがとうございます!」
「凄く良いわ、あなた」
これなら『アニメ』事業に展開できるかもと何やらブツブツ呟いていたが、キャロルには意味が分からないし舞い上がって耳にも入っていなかった。
(凄い、凄い! あのイーリヤ様から直接お声掛けいただけるなんて!)
なんせイーリヤにはファンクラブまである超人気令嬢。しかも、構成員はほぼ令嬢と同性から絶大な人気を誇るのだ。
「あなたはウェルシェの友達なのよね?」
「ひゃ、ひゃいッ!」
イーリヤが美しい顔を近づけるとキャロルはドギマギと真っ赤になってしまった。
「ふふふ、可愛いのね……
「ふぁ」
イーリヤの微笑みに地が足につかないキャロル。イーリヤが何やら黒い算段をしているのに気づきもしない。
「私もキャロルとお友達になりたいわ」
「はい、喜んで!」
キャロルは思わず腰を折って手を差し出した。
「お友達から始めさせていただきます」
「ぷっ、まるで私が告白を断られたみたいよ、ソレ」
吹き出したイーリヤはそれでもキャロルの手を取った。
「よろしくね」
優しく微笑む黒髪の麗人にキャロルは恋の予感を覚えたのだった。