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第67話 その魔の手、本当に妖精姫に届いてますか?

「なんだか……とっても寂しいところですわね」


 剣武魔闘祭の実行委員を名乗る者の案内で、ウェルシェはジョウジを護衛に氷柱融解盤戯アイシクルメルティングの会場へと向かっていた。


 この競技は2m四方の盤上遊戯である。その為、準備された氷柱を溶かさないよう、冷房の効いた屋内でなければならない。


 予選は体育館で数組ずつ同時に対戦を行っていた。だが、本戦からは一試合一試合を講堂で行う。二名の競技者が教壇に設置された競技盤を挟んで対局し、観客は階段状の座席で観戦する。


 ちなみに、明日の準決勝以降では国王夫妻も来賓される。そこで収容人口千人を超える、国一番の大講堂が会場となる予定だ。


 氷柱融解盤戯アイシクルメルティングは、それだけ注目されている超花形競技であり、予選本戦を問わず多数の観客で賑わう――のだが……


「人の気配がぜんぜんありませんわ」


 ウェルシェは不安そうに周囲を見回した。


「これから本戦が始まるのに、人が誰もおりませんのね?」


 ウェルシェは注目の選手でもあり、観客はかなりの数になると予想された。


 ところが、ここまでのところ、ウェルシェは誰ともすれ違っていない。なんなら、周囲には案内人の他は、ウェルシェとジョウジだけである。


「申し訳ございません」


 案内人の男がヘコヘコと頭を下げて卑屈に謝った。


「予定していた会場の空調の調子が悪かったのです。それで、急遽こちらの校舎に変更となりまして……観客の皆様にもお報せして、いま誘導している最中なのです」


 だから、こちらには人がまだ来ていないのだと、案内人は表面上は丁寧に説明をしてくれた。


「事情は分からなくもない。それでも、このお方はグロラッハ侯爵のご令嬢だぞ。競技をされる場所に、こんな片隅の校舎を選ぶなどもっての外だろう?」


 だが、ジョウジは眉根を寄せて憤慨した。


「ご令嬢をこんなところまで連れ回すとは!」


 ウェルシェ達が案内されている校舎は学園でも外れの位置だ。主会場からはかなり離れている。とてもではないが、本来なら花形競技の会場として利用される場所ではない。


「ご不便をおかけしてまことに申し訳ございません。何分にも急な変更でしたので、どこも他競技で埋まっていたのです……グロラッハ侯爵家ほどの名家のご令嬢の試合に使用できるほどの、大きな講堂はこちらだけだったのです」

「だが、どうにか便宜を図る事は可能だったのではないか?」


 ジョウジはどうにも納得できない。


「ジョウジ様、私は会場の良し悪しを問いただすつもりは毛頭ありませんわ」

「さすが、お優しい姫君であらせられる」


 案内人の対応は一見すると丁寧だが、どうにも慇懃無礼でウェルシェを侮っているようだった。


「大会運営の皆様のご尽力には感謝しておりますわ」

「重ね重ね痛み入ります」


 だが、ウェルシェは気にした様子もなく微笑んでみせた。が、その表情がすぐに暗く不安に沈む。


「ただ、あまりに人通りが無いものですから心細くなってしまって……」

「心中お察しいたします」


 うやうやしい言葉とは裏腹に案内人が下卑た笑いを浮かべた。


「ですが、くっくっくっ……それも後少しの辛抱にございます」

「え?」


 案内人の変化に気づき、ウェルシェはますます不安そうに顔が歪み青ざめる。


「あ、あの……それは?」


 ウェルシェは意味が分からないと問いかけた。だが、扉の前で立ち止まって振り返った案内人は邪悪そうな笑い顔で応じた。


「あなた様は、ただあのお方に身をゆだねれば良いのです」

「おい、貴様! それはどういう意味……」

「会場はこちらでございます」


 不穏な言葉にジョウジが問いただそうとしたが、案内人の言葉とガラッと扉を開ける音に遮られた。


「きゃッ!?」


 突然、ウェルシェは腕を掴まれ強引に引っ張られると、案内人によって講堂の中へと押し込まれた。


「痛ッ!」


 数歩進んでバランスを崩してウェルシェは倒れ込み、そのまま座り込んだまま案内人を見上げた。


「あなた様はこの中で存分にあのお方に可愛がってもらいなさい」


 何が起きたかわけが分からず呆然とするウェルシェを見下ろす案内人は嗤っていた。


「ジョ、ジョウジ様!」


 救いを求めてウェルシェが手を伸ばす。


 ピシャッ!


 だが、無情にも彼女の目の前で扉が閉められてしまった。


「おい、貴様! いったいなんの真似だ!」


 扉の向こう側からジョウジの怒声が聞こえてきた。


 ジョウジが案内人に食ってかかっているようだ。が、それと同時にドタドタと複数の足音が響いて、ジョウジを囲む不穏な気配が伝わってくる。


「お前の相手は俺達がしてやる」

「くっくっ、たっぷり可愛がってやンよ」

「どーせ可愛いがるならキレイなねーちゃんの方が良かったんだがな」


 ガラの悪そうな男達の下卑た笑い声まで聞こえてきて、ウェルシェの不安を増強させた。


「グロラッハ家の噂の美人眼鏡侍女とか来てねぇの?」

「いたら俺達も楽しめたのになぁ」

「プッハッ! 違ぇねぇや」


 不穏な内容ばかりのセリフに居ても立っても居られず、ウェルシェは立ち上がって扉に取りついた。


「ジョウジ様! ジョウジ様!」

 ――ガチャガチャ


 だが、鍵が掛かっているのか扉は開かない。


「うわッ!」

「ジョウジ様!?」


 答えの代わりにジョウジの悲鳴だけが届きウェルシェは青ざめた。


「やめてッ! やめてッ! お願いやめてッ!」

 ――ドンドンッ!

「こ、このッ! がッ! ぐわッ!」


 扉を叩き懇願するが暴行は止む事がないのかジョウジの苦しむ叫びが聞こえてくる。


「くっくっくっ、こんな状況でも他人の心配とはさすがお優しいお嬢様だ」


 扉の向こうから案内人が話しかけてきた。


「こ、こんな事をしてただで済むと思っていますの?」

「さぁて、どうなるんでしょうなぁ?」

「ジョウジ様への暴行を止めて私をすぐに解放するのですわ。今ならまだ許して差し上げます」

「おやおや、こんな俺らもお許しくださるとは本当に慈悲深いお姫様だ」


 言葉とは裏腹に案内人の声は明らかにウェルシェをバカにしている。


「ですがね、今は自分の身を案じたらどうなんです?」

「わ、私の?」

「ほら、あんたの後ろでケヴィン様がお待ちだ」

「ケ、ケヴィン様が?」


 泣きそうな顔のウェルシェは恐る恐る振り向いて……


 目に入った光景にウェルシェは一瞬だけ目を大きく見開き――――首を傾げた。


「……あれ?」

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