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第2話 そのクラス、本当に波乱の幕開けですか?


 ――準特別クラス


 それは今年度エーリックが過ごすクラス。


 成績順にクラス分けされるマルトニア学園において、特別クラスほどではないがそれなりに優秀な生徒が集まっている。


 その優秀な者達の中にあれ・・がいた。


「もう、リッ君たらぁ、おはようって挨拶してるんじゃない」


 エーリックが沈黙していると、その少女は気安く話しかけてきた。


 ゆるふわな神は薄桃色で少し垂れ目な瞳は春空色スカイブルー、容姿は愛らしくウェルシェやイーリヤ同様マルトニア学園三大美少女の一人。男子生徒からは『スリズィエの聖女』の呼称で親しまれている。


「カオロ嬢、僕に断りもなく勝手に愛称をつけるのはやめてください」


 そう、このクラスにはあの・・カオロ男爵令嬢アイリスが在籍していたのだ。


 昨年、数々の高位貴族の令息達をたらし込み、エーリックの異母兄である第一王子オーウェンとの不和を招いた原因を作ったのが目の前のアイリスだ。しかも、嘘の情報を流してケヴィンをけしかけ、ウェルシェとエーリックの仲を裂こうとした張本人でもある。


「もうリッ君たらぁ、カオロ嬢なんて他人行儀すぎ。私達の仲じゃない。私のことはアイリスって呼んでよ」

「あなたとは愛称を呼び合うような仲になった覚えはありません」


 馴れ馴れしいアイリスの態度に、エーリックは不愉快そうに顔を顰めた。


 新学期が始まってからアイリスはやたらとエーリックに絡んでくるのだ。その度にエーリックは突っぱねてきたのだが、アイリスには全く堪えた様子が見えない。


「だいたい僕にはウェルシェという大切な婚約者がいるんです」


 エーリックにとって王位継承などよりも遥かに大事な婚約者だ。アイリスとの関係を誤解されるのは勘弁願いたい。


「なによぉ、あんな悪役令嬢より私の方が好きでしょ?」

「あなたはまたウェルシェを悪役などと!」

「あの悪役令嬢との婚約をホントはイヤがってるんでしょ?」

「勝手な推測は止めてください!」

「お互いしたくもない婚約を政略だからってイヤイヤ結ばされたって知ってるんだから」

「適当なことを言わないでください。僕とウェルシェの仲はいたって良好です」

「カワイそう、そう言えって強要されているのね」

「ねぇ、僕の話、聞いてる?」


 気持ち悪いくらい話が通じない。


「これから一年間、私達一緒のクラスなんだし仲良くしましょ」

「僕にその意志はありません」


 無視すればいいのだが、お人好しのエーリックはついつい相手をしてしまう。


 まずいことに、この対話が周囲には談笑と映っているらしく、エーリックとアイリスが恋仲だとクラス内で噂になってしまっていた。今もクラスメイトがエーリック達をチラチラと見ながらヒソヒソと小声で話している。


(このままじゃまずい)


 今は教室内で収まっているが、ウェルシェの耳に届くのも時間の問題だ。王家にはオーウェンという前科がある。エーリックとて浮気を疑われないとも限らない。


(早くなんとかしないと)


 それにウェルシェは学園で一番人気の令嬢である。これ幸いとウェルシェへの横恋慕が再燃しないとも限らない。


 だが、エーリックがいくらアイリスとの仲を否定しても、どうしてだか二人が想い合っているとの噂が消えない。


 何ともできな今の状況に、エーリックはジリジリと胸を這い回るような焦燥感に押し潰されそうになるのだった。


「やっぱ、あの悪役令嬢が仕事をしないせいでフラグ回収できてないのが痛いのかぁ」


 そんなエーリックの焦りをよそに、アイリスは意味不明な言葉をブツブツと呟いた。


「一年でのイベントが発生してないからリッ君の好感度が初期値なのよね」

「何を訳の分からないことを」

「いーのいーの、話しかけ続ければ好感度は上がるもの」

「あなたへの好感度なんて上がる要素ありませんよ」

「大丈夫、大丈夫。二年生でもイベントはまだまだあるから、これからバッチリ挽回するから」


 アイリスが何を言っているのかさっぱり理解できない。エーリックははだんだんアイリスが不気味に思えてきた。


「安心して。ゼッタイ悪役令嬢からリッ君を解放してあげるわ」

「僕はウェルシェとの結婚を望んでいるんだ!」


 自分達の婚約を嫌々の政略と決めつけ、エーリックの魂の叫びさえアイリスには1ミリも届かない。


「一年の攻略の遅れを取り戻さなきゃ」


 アイリスは胸の前で両拳を握り締めて、ムンッと気合を入れた。


「さぁ、『あなたのお嫁さんになりたいです!』二年目ゲームスタートよ!」

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