ひらり――
ひらり――
緩やかな風とともに、薄桃色の可愛い花びらが舞い落ちる。
見上げればスリズィエの枝に、花が満開に咲き誇っていた。その光景はエーリックに、一年という月日の流れを感じさせる。
「あっという間だったなぁ」
――再び巡ってきた出会いの季節。
エーリックは再び視線を前に戻すと、穏やかな陽光の差すスリズィエの並木の間を進んだ。向かう先は彼の通うマルトニア学園の校舎。
まるで雪のように降り注ぐ花びらの中、何故かエーリックの足取りは重い。この季節となりエーリックは二年生に進級していた。
――王立マルトニア学園の新学期。
見渡せば校門を潜る生徒の中には、真新しい制服に身を包んでいる者も多い。今年度、マルトニア学園に入学したばかりの新入生達だ。
まだ入学して数日、彼らはこれからの学園生活に胸を希望で膨らませていることだろう。
「はぁ……」
しかし、そんな期待に満ちた新入生達の横を通り過ぎながら、彼らとは真逆にエーリックはため息を漏らした。
金色の髪は少し癖があるが、深く澄んだ青い瞳と合わさって優し気な雰囲気を醸しだしている。
「ねぇねぇ、見て見てあの人」
「うわっ、すっごい美少年!」
「先輩かなぁ?」
新入生なのだろうか、きゃっきゃっと騒ぐ。
すれ違った女生徒の中には憂いを帯びた
もっとも、エーリックは憂いを帯びているのではない、絶賛失意のどん底中なのだ。
昨年、エーリックは色んな悲劇に見舞われた。
異母兄オーウェンとの対立、彼の側近ケヴィンの暴走、剣武魔闘祭での傷害事件……本当に可哀想な事ばかり彼のみに降りかかった。最後の傷害事件などエーリックは重傷を負わされているのだ。
こうしてみると彼はけっこう薄幸の美少年である。落ち込むのも仕方ないと思えるかもしれない。だが、これだけの不幸もなんのその、ウェルシェと婚約できたとエーリックは自分が世界一の果報者と信じて疑っていないのだ。
他人から見れば大概な不幸であるが、はっきり言ってウェルシェと婚約できた幸運と比べれば塵芥。幸運のお釣りがくる……エーリックからすれば。
だったら、エーリックはいったい何を憂いているのか?
それは先月の学期末に張り出されたクラス分けにある。
エーリックは努力家だが要領が悪く、入学時の成績が振るわず最底辺の落ちこぼれクラスに編入された。対して婚約者のウェルシェはぶっちぎりの首席で特別クラスに入っている。
それもあって優秀で家柄も良く、優しげな絶世の美少女(?)ウェルシェに横恋慕する男子生徒が続出。エーリックはウェルシェとは見劣りするダメ王子と舐められてしまったのだ。
それでも愛する婚約者ウェルシェに励まされ、この一年の間エーリックは努力に努力を重ねた。年度末までにはだいぶん成績を上げた自信もある。
実際、その甲斐あってエーリックは落ちこぼれクラスから脱却できた。
しかし……
「あとちょっとだったのに」
残念ながら一歩届かず、エーリックが編入されたクラスは特別クラスの下、準特別クラスだった。年間通してトップの成績のウェルシェは、当然ぶっちぎりの一位で特別クラスである。
最底辺から一気に準特まで上がったのも快挙といえよう。だが、今年こそは愛するウェルシェと同じクラスになるぞと、頑張っていただけにエーリックの落胆の色も濃い。
しかも、一緒のクラスになれなかった事で、ウェルシェとの婚約にまた危機が迫っている。
昨年、オーウェンの件でエーリックとウェルシェの婚約は国王の庇護を受けた。そして、剣武魔闘祭ではケヴィンが暴走して、ウェルシェを襲撃。その際にエーリックが重傷を負いケヴィンが極刑となった。
さすがにこの経緯を知る二年生と三年生の男子生徒は、ウェルシェにちょっかいをかけるのを止めたのだが……
新学期が始まり新入生たちはその事実を知らない。そのせいで、
しかも、その中には他国からの留学生も混じっており、エーリックとの婚約を知ってもなお自国へ連れ帰れば問題ないと執拗にウェルシェに絡んでいるようなのだ。
「ケヴィン先輩の件でウェルシェとの婚約は安泰だと思ってたのに」
また、暴走する輩が出てくるかもしれない。そう思うとエーリックは気が気ではなかった。エーリックの口から深いため息が再び漏れた。
それだけではない。もっとエーリックが憂慮する事態がある。
「はぁ……、一年間
さらに、落ち込むエーリックに追い打ちを掛ける懸念事項があった。とんでもない生徒と同じクラスになってしまったのである。
だから、毎朝エーリックの登校する足が重くなるのだ。
「リッ君、おはよう!」
エーリックが教室へと入ると、その元凶が笑顔で挨拶してきたのだった。