「ここに来るのも今日で最後かもしれないのか」
エーリックは深いため息を吐いた。
彼が訪れているのはグロラッハ侯爵の屋敷——最愛の婚約者ウェルシェが住む場所。
思えばエーリックが初めてウェルシェと出会ったのもここの庭園だった。
その時のことは今でも鮮明に覚えている。
最初、エーリックは政略と割り切ってお見合いの場に来た。が、ウェルシェを見た瞬間、エーリックは強い衝撃を受けた。
にこりと微笑むその姿はまさに妖精そのもの。
それほどに儚げで現実離れした美しいウェルシェに、エーリックは一目惚れしたのだった。
あれから二年――
今でもエーリックの想いはまったく色褪せていない。むしろ、想いは、恋心はより激しく燃え上がっていた。
事実、もうすぐウェルシェに会える、そう思っただけでエーリックは胸を熱くした。うるさく鼓動する心臓の音は、エーリックに婚約者への恋を自覚させる。
(ああ、そうだ……初めて会った日から、僕は未だウェルシェに恋をしているんだ)
グロラッハ邸の庭園に案内されると、エーリックの鼻腔を薔薇の香りがくすぐった。その匂いが、より強くエーリックにウェルシェとの出会いを思い起こさせる。
「そう言えば、初めてウェルシェに会った時も薔薇が咲いていたな」
その記憶はエーリックにとって、かけがえのない宝物。だが、今はその思い出がよりいっそう彼を苦しめた。
ウェルシェと積み上げてきた時間が楽しく幸せであればあるほど、エーリックを
なぜなら――
(このままだとウェルシェとの婚約が解消されちゃう!)
それだけは絶対に嫌だ。
白くなるほど固く握った拳が小刻みに震える。
「だけど、僕とて王家の男だ。責任からは逃れられない」
だから、今日はその話を……婚約解消の話をしにきたのだ。
「でも、ウェルシェと別れるのだけは耐えられない!」
涙が滲む青い瞳には絶望の色が浮かんだ。
(全てはバカ兄貴のせいだ!)
エーリックが珍しくギリッと歯を食いしばる。おっとりしたエーリックには珍しく顔に悔しさと怒りが滲んだ。
「エーリック様!」
鈴を転がすような声がエーリックの耳を打つ。その声に暗い感情を引きずっていたエーリックの気分が一気に晴られた。
「ウェルシェ!」
それは最愛の婚約者のもの。
ウェルシェは居ても立っても居られなくなったのか、
エーリックも喜色を隠さず、満面の笑みでウェルシェに駆け寄りそのまま抱き締めた。
「ウェルシェ、君にずっと会いたかったんだ」
「私もですエーリック様……」
二人は互いの温度を噛み締めるように確かめ合う。
しばし愛しの婚約者に包まれて陶酔していたが、ウェルシェはエーリックの胸に埋めていた顔を上げた。
「……ですが、このところエーリック様はお忙しくしてらして、全然お会いできないんですもの」
私とても寂しかったんです、と愛しい婚約者に少し恨みがましい目で睨まれて、エーリックはむしろデレっとだらしなく
上目遣いでのうえ恨み言がいじらしく、ウェルシェのあまりの可愛さに心臓を射抜かれてしまったのだ。
「ごめんよウェルシェ……僕も寂しかったけど、城内がごたごたしていて時間が取れなかったんだ」
「ごたごた……ですの?」
「うん……」
いつもなら、ただただ楽しい婚約者との逢瀬の時間……しかし、これからウェルシェに告げる内容を思うと、エーリックの胸に
(どうしてこんなことに……)
目の前の愛しい婚約者との別れ話をしなくてはならない事態に陥った……そのここに至るまでの出来事がエーリックの脳裏に浮かんだ。
その始まりは一年ほど前、彼が二学年に進級した頃に