「さっ、もう寝なきゃね。忙しくなるでしょ?」
「レヴィンさん」
「シリル、部屋に戻ってお休み。もう危険は無いと思うから」
シリルは何かを言おうとした。けれどそれを飲み込んだように拳を握り、やがて「おやすみなさい」と元気のない声で言って出ていってしまった。
残されたレヴィンは窓の外を見た。綺麗な月が出ている。そして、静かに背後に立った女性へと声をかけた。
「フェリス、俺が眠ってどのくらいだ?」
「一晩。出血が多かったみたいね。ちなみに、腕と足の傷は塞がってると思うわよ」
その物言いに、レヴィンは薄く笑う。そして苦しそうな顔をしてみせた。
「あんたね、無理をするのもいいけれどそれだけ寿命縮めてんの自覚しなさい。このまま無理を続けたら、あんたあの子が王様になる前に墓の下よ」
「その方がいいだろ? 俺はほんの少し夢を見せてもらえればそれでいいしさ。それに、無理だよ。あの子が大変な目にあってるのに、それを無視するなんて」
自分を捨ててもシリルを優先しよう。レヴィンはそう考え、それを実行している。
フェリスは近づいて、窓の外に視線を向けるレヴィンの胸ぐらを掴み上げる。そして頬を強かに打った。小気味良い音がして、レヴィンの頬が赤くなる。それでもフェリスはレヴィンを離しはしなかった。
「バカな事を言うんじゃないの! それがどれだけ残酷な事か、あんた分かってないの? あんたにとってあの子が大切な者であるのと同じように、あの子にとってもあんたは特別になってるのよ。それが何? あんた、はなからあの子を幸せにする気はないっていうの!」
「言うなよ、それを。俺達にどれだけの時間が残ってるっていうんだ。この翼をつけられた時に、俺達の運命は奈落に向かってる。こいつに命を食われてんのに、どうして見えない未来を夢見られる。今の幸せに縋るしかないだろ」
憎らしい過去に唾を吐くように言う。背中にある六枚の羽。それは消えない過去の罪の数。決して許されないものだ。そしてこれは、モルモットの証でもある。
フェリスはいらだたしげにレヴィンをベッドに投げ捨てる。そして背を向けた。その肩が僅かに震えているように思える。でもそれがどうしてか、レヴィンには理解できなかった。
「バカ。たとえどんな事をしても過去は消えない。それでも、過去は消せなくてもね、未来は築けるのよ。あんただけが背負うものじゃないわ。あの子にも、背負わせてあげればいい」
「重すぎるでしょ」
「それでもあの子は嬉しいはずよ。何も知らずに失うより、知って傷つく方を選ぶわ。選ばせてあげなさいよ、せめて」
本当に、そう思ってくれるだろうか。レヴィンはそうは思えなかった。シリルの暗い顔なんて見たくない。真実は残酷で、嘘は優しいのだから。
「もう、いいわ。あんたと話してても気分は晴れないもの。それより、今後の話をしましょう」
フェリスは再びレヴィンを見る。その表情は既に仕事モードだ。それを見て、レヴィンもやっと調子を取り戻すことができた。
「必要なら、あんた達の目的地に先回りするわよ」
「いや、俺達の方はもういい。どうやら離れてシャスタ族の連中もついてきてくれるらしい。フェリスは堂々と、ユリエル陛下に会いに行ってくれないか?」
「ユリエル陛下って……王様?」
ほんの少し嫌な顔をするフェリスに、レヴィンは頷く。そして素早く紙を用意して、手紙を書いて封をした。
「案内状、書いたから。これですんなり通してもらえるよ」
「私、暗殺はもう嫌よ」
「分かってる。ユリエル陛下に必要なのは暗殺じゃなくて、裏で使える情報だ」
フェリスの変装と潜入の能力は三人の仲間の中で一番だった。その力がきっと役に立つだろう。こっちは少し時間がかかりそうだから、動けないあの人は困るだろう。勿論、ルーカス関係でユリエルに危険が迫る事はないだろうと思うが。
「いいわ。なんでも、絶世の美人だって噂だしね」
「確かに綺麗な顔はしてるけど、絶世か?」
「女の噂は嘘つかないのよ」
「確かに、俺が一瞬気圧されるくらいには綺麗で迫力あるけど」
「十分じゃない……」
微苦笑を浮かべて、フェリスは手を振って消えていく。
見送ったレヴィンは、ほんの少し遠くを見てしまう。考える事が多い。考えなければいけない事が多い。考えたくない事が多い。シリルは全てを知りたいと望むだろうか。望まれたら、言えるだろうか……。
レヴィンはそのまま、眠れない夜を過ごす事になった。