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14話 ジュゼット領へ

 トイン領の一件が落ち着き、傷も癒えた一同は一路、次の領地ジュゼット領を目指していた。


「ジュゼット領にも、何か問題があるんですか?」


 馬車の中でシリルは問う。レヴィンは自分の馬を他の人に預けて、今日は側についている。

 対面に座るレヴィンは器用に片眉を上げた。


「いや、この領は前みたいな事は絶対にない。あそこは|[[rb:高貴なる血筋 >オールドブラッド]]の領地だからな」

「オールドブラッド?」


 何度か聞いた事のあるその言葉を、シリルは未だよく理解してはいない。シリルが物心ついたときにはそう呼ばれる人はほとんどなく、接した事がないからだ。今思えば、きっと接点がないようにされていたのだろう。


「オールドブラッドは最古の血族と呼ばれてる。建国の王に仕えた家柄だって話だ」

「そんなに古いんですか!」


 目を丸くして驚くシリルに、レヴィンはおかしそうに笑いながら頷いた。


「真偽のほどは分からんが、相当古い一族だ。傾向としては頭が硬くて腰が重い。だが、こいつらは絶対に国に弓は引かない」

「どうしてですか?」

「思想がそもそも国の為。国と民の為にならないと思えば王にだってたてつく連中だ」

「トラブルにならないのですか?」

「なる! その場合、負けるのは大抵王だがな」

「そうなのですか?」


 不思議な話だ。王よりも家臣のほうが強いだなんて。

 でも、よく考えればあながちあり得ない話ではない。現在ユリエルも家臣達に頭を悩ませている。王一人では国が回らないということだ。


「奴らは領地の基盤をしっかり維持し、守ってる。領地が税を納めないと、国はどうなると思う?」

「経済的にも商業的にも困窮します」

「そういうこと。奴らの領地は潤ってるし、多額の税を出してる。それが一斉に止まると国が傾きかねない。しかもあいつらの言うことは正論だ。民に訴えかけても民はオールドブラッドに味方する」

「大変ですね」

「怒らせると厄介だぜ、こいつらは」


 腕を組み、長い足を組んでレヴィンは頷く。

 シリルに不安が走った。そんな人々の相手を今からするのだ。機嫌を損ねたらユリエルの治世に暗雲がかかるかもしれない。接した事のない相手は、やはり緊張する。


「まぁ、ユリエル様とは良好な関係だ。ユリエル様は今の家臣団を廃してそこにオールドブラッドを入れようとしてるしな」

「それはそれで、大変なのではありませんか?」


 口うるさい人を側に置いておくのは何かとストレスになる。しかもユリエルの恋人はルーカスだ。こんなスキャンダル、許されるのだろうか。


「大変は大変だろうけど、ユリエル様の考え自体がオールドブラッド寄りだし。何よりユリエル様の母親はオールドブラッドでも重鎮の家柄だよ」

「そうなんですか!」


 自分は何も知らなかったのだと、改めてシリルは知って項垂れる。ユリエルの事、国のこと、歴史の事、まだまだ知らなければならない事は多い。


「まぁ、その母親の生家も今じゃ消えたらしい。先代には女児が一人、それが王家に嫁いで王子を産んだ時点で、家の存続は諦めたらしい。ユリエル様に全てを残す旨を残して先代が死んで、名は消えた」

「なんだか、寂しい話ですね……」


 家が消え、一族がついえる。それはどこかもの悲しく、寂しい思いがする。

 ユリエルはどんな気持ちだったのだろう。それを思うと少し複雑だ。


「あの、それでは今回ジュゼット領に行くのは何の要件ですか?」


 問題なく、国やユリエルにもこれといった反発がないなら寄る必要はない。先を急ぎたい旅路でここに寄る理由はなんだろうか。思って首を傾げると、レヴィンは「うーん」と唸った。


「腰が重いって言ったろ? あいつら、今の家臣団が国家の中枢に居座った時にさっさと見限って領地に戻ったんだよ。で、ユリエル様の代になっても腰が上がらないらしい。だから、少し発破かけてほしいそうだ」


 「つまり、拗ねて引きこもったの」と付け加えたレヴィンが盛大に溜息をつく。それくらい、やりづらいということなんだろう。


「あいつらの説得なんて出来るのか? 堅物で理屈っぽい奴なんて、俺嫌い」

「僕がなんとかお願いしてみます」

「ダメなら諦めていいってユリエル様は言ってたから、あまりこだわらなくていいよ。協力を要請したっていう事実が出来ればいいよ」


 何にしても早く終わって欲しい。気怠げに頭の後ろで腕を組んで寄りかかったレヴィンからはそうした様子が見える。それに、シリルも素直に頷いた。


 ジュゼット領はトインとは比べものにならないほどに豊かな町だった。整然とした町並みは整い、人々の顔にも幸せそうな笑みが浮かんでいる。往来も多い。

 石畳の道を領主館へ向かいながら、シリルは町並みに目を輝かせた。


「豊かな場所ですね」

「長年国を回してきた政治のプロだからな、あいつら。それだけ腹に色々持ってると思うけど」

「でも、領民にとってはとてもいい主なんですね」

「それは否定しないかな」


 苦笑しながらも認めたレヴィンに笑みを浮かべ、シリルは先に見える古風な屋敷を見ていた。

 屋敷はとても古いものだ。白い壁には歴史を感じるぼけた色合いが混じり、赤い屋根は古いデザイン。前庭には低い生け垣があり、広く取ってある。

 領主は側に息子らしい青年を一人連れてシリル達を丁寧に迎えてくれた。

 先に馬車を降りてシリルに手を差し伸べるレヴィンに従い手を乗せて降りたシリルの側に、男とその息子は近づいて深く臣下の礼を取った。


「ようこそお越し下さいました、王弟殿下。私はジュゼット領を預かるブラム・バルコンと申します。こちらは息子のアデルです」


 片膝をつき胸に手を置き、頭を下げた五十代らしい男が自身と側の青年を紹介する。それに、シリルは穏やかに頷いた。


「出迎えご苦労様です。こちらは僕の近衛隊長をしているレヴィンさんです」

「レヴィン・ミレットです。この度は歓迎を頂き、有り難うございます」


 これでも礼には礼を返すレヴィンが、シリルの半歩斜め後ろで丁寧に頭を下げている。

 けれど、そんなレヴィンを見るブラムの視線がどこか鋭い。そう感じて、シリルは僅かに不安を感じた。


「さぁ、このような場所で立ち話はなりません。どうぞ、屋敷へ」

「有り難うございます。あの、ブラムさん」

「ブラムとお呼び下さい、殿下。貴方は人の上に立つ尊い方なのです。臣下を臣下として見なければなりませんよ」

「え?」


 胸の奥からこみ上げる不安が増していく。決して悪い人ではない。ブノワのような憎悪もないし、よく領を治めている人だ。薄い茶の髪を撫でつけ、貴族然とした服装の細身の人は、だがブノワ以上の不安をかき立てられる。


「殿下、御身の尊さを忘れてはなりません。貴方はいずれ国の上に立つ身なのです」

「……現陛下を差し置いて僕が王位に立つ事はない。不敬は貴殿のほうではないか」


 このままでは負けてしまう。そう感じて、シリルは厳しい目をブラムへ向ける。それに、青い瞳は一瞬驚きはした。だがすぐに笑みがそれを消した。


「左様でございますね、私の失念でした。お許しください」


 丁寧に礼をしたブラムだが、シリルは彼こそまったく気を抜くことの出来ない相手に思えた。

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