翌日、シリルとレヴィンはブラムに呼ばれた。シリルは当然のように態度を硬化させたけれど、レヴィンに取りなされて応じた。
応接室にはブラムとアデルがいたが、その表情は知っているどんな表情よりも弱いものだった。
「シリル殿下、応じていただき有り難うございます」
深く頭を下げたブラムはとても小さく、年相応に老け込んで見える。そのブラムを気遣うアデルの様子も、間違いなく息子の顔だった。
何かが変わったのかもしれない。そう思って、シリルは対面のソファーに腰を下ろす。平気だ、今は隣にレヴィンがいる。それがシリルの一番の強さだった。
「話があると聞きました。なんでしょうか」
真っ直ぐに問うと、ブラムは静かに頷く。まるで罪を告白する罪人のような目だった。
「我らオールドブラッドの、償いきれない罪についてのお話です」
「償いきれない罪?」
シリルは首を傾げてレヴィンを見るが、レヴィンも「分からない」というように首を傾げる。ブラムをただ黙って見つめる事しかできなかった。
「我らオールドブラッドは、建国の王に仕えたと言われる古き臣の血筋です。タニスという国の繁栄が、我ら一族の繁栄と言っても過言ではない。そういう血筋なのです」
シリルは頷いた。これは事前に知っていたからだ。そして兄ユリエルもまた、この血筋なのだ。
「国を支え、王を支える重臣。我らはそれを誇りに思い、国を守り導くことこそが使命なのだと思っておりました。ですがいつしか、そこに保身というものが静かな恐怖となって忍び寄っていたのです」
ブラムはそれがまるで自身の経験のような口振りで話す。それほどに自身の身に染みている事柄なのだと、思わせるものだった。
「時は唯一の女王の時代。我らオールドブラッドの不安はとうとう明確な脅威となって現れました」
タニス王国の長い歴史において、唯一の女王。国の歴史を学ぶ時には確実に、そして異彩を放って現れる。
女王の名はビバルディ。
「他に兄弟もないビバルディ様が王位について数年後、隣国ルルエの若き王ルーイット様に一世一代の恋をなさり、二人は夫婦となり、二国は一国となったのです」
それも知っている。女王は彼との間に二人の王子を産んでいる。だがこの後、女王の幸せは音を立てて崩れ去ったのだ。
「この事に、多くの人が祝福を送りました。ですが、我々は恐怖したのです。国の形が変わる事で、我らの誇りも歴史も消えていくのではないか。無用のものとなり、立場を追われてしまうのではないかと」
ブラムがグッと手を握る。注視すれば震えている事もわかった。
「国の政治はタニスではなく、ルルエへと移り、我らの危機感は現実味を帯びてしまった。そこで、我らは恐ろしい罪を犯したのです」
「何を……」
「ルーイット王へ、女を宛がったのです」
シリルは息を呑んで見入った。暗くありながらも恐ろしい目をブラムはしている。淀みながら、告白する罪人のように。
「元は小貴族の娘で、大変に美しい艶やかな女だったと伝わっています。彼女を女王の侍女としてつけ、その裏では王を誘惑するように言ったのです。従順な女性に見ていたようです。ですが、実際は違った」
シリルにもそれは分かっている。彼女はルーイット王を見事に誘惑し、子を成して妃の地位を欲した。裏切りに傷ついた女王はやがて、国をあげての大乱を起こすのだ。
「二人の間に子が出来た時、我らはこれで女王は国に戻りタニスとルルエに分かれ、自分たちの地位も安泰だと思ったのです。ですが、事はそんなに簡単ではありませんでした。その女は王子を産み、自らの子を唯一の王子にしようとしたのです。そして、女王が離婚するよりも前に女王と、先に生まれていた二人の王子の命を狙ったのです」
欲深い女の恐ろしい策略。女王が死に、二国は一国のまま自らの子だけに跡を継がせる。それが女の望みだったのだと、シリルは知って息を呑む。そして、なぜ女王が国を巻き込む戦争に狂ったのかを知った気がした。
「毒を盛られ、幼かった弟王子は亡くなりました。その遺骨は未だに、ルルエに眠っていると聞きます。兄王子だけを連れて国を出た女王にも追っ手がかけられ、命からがら逃げ延びたと聞いています。我らはここまでの事になるとはつゆほどにも思っておりませんでした。ですが、ここまでは思惑が叶ったのです」
「こんな凄惨な状況になってまだ、自分たちの過ちを悔いはしなかったというのですか!」
シリルにも分かっている。これを責めたってこの人の罪じゃない。当人ではなく、既に文献と言えるくらい古い時代の出来事なのだ。だがあまりにブラムが我が事のように話すから、シリルも思わず怒鳴ってしまった。
ブラムは静かに頷き、死んだような顔をする。
「直ぐに、後悔しました。女王は国に戻ると離婚の通達と共に宣戦布告を送りつけ、それがルーイット王へと届くよりも前に攻め入ったのです」
宣戦布告を行い、受ける事が相手国より送られてようやく、戦争となる。奇襲などは下策であり、品のない行いだ。だが怒りに狂った女王にはもう冷静な判断など出来なかったのだろう。愛した人の裏切りと、愛した我が子の死と、自らに向けられた刃に心がズタズタに傷ついたのだろう。
シリルには容易にその心が知れた。レヴィンを思いこれほどに他に冷酷になれるのだ。憎しみと悲しみにかられ、他を傷つける事に躊躇いなどないのだ。
もしかしたら、シリルはユリエルよりもしっかりとこの女王の血を引いているのかもしれない。ユリエルは愛した人との理想を胸にしながらも、他を思いやる優しさがある。だがシリルにはその余裕もなく、失えば世界が崩れてしまうのだ。