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19話 女王の涙(2)

「両国は血で血を洗うような戦いとなり、女王はどんなに他が諫めても戦いを止めませんでした。そして、我らオールドブラッドの罪を知った息子達は父の罪を購うように前線に立ち、誰一人戻らなかった。女王は狂ったように戦に挑み、とうとう原因となった男の子を攫い、惨殺の後に戦場の砦に掲げたのです。あまりの狂気に恐れたオールドブラッドは、女王を手に掛けました」

「!」


 そうするより他になかった。確かにそうかもしれない。愛情が全て裏返った人間の残酷さは凄まじいだろう。それが、愛した人と憎い女の子を攫い、惨殺して晒すなんて恐ろしい行いになったのだ。

 そして、それを止める為には殺すしかなかった。それも分かる。


「女王の死によって我らは幼い兄王子を王に立て、両国の間を行き来して停戦を行いました。でも、遅すぎた。幼い王の心にも女王の憎しみは宿り、青年となったくらいに再び戦いが起こりました。多くの民が死に、悲しみや憎しみは人の心に宿り、相手を憎む事で紛らわせる。それは両国が同じだろうと思いました。女王の呪いは今の時代まで引き継がれ、未だ解ける気配がありません」


 一息に言って、ブラムは糸が切れたように黙った。

 シリルも俯く。両国の間にあるあまりに深い溝の始まり。歴史書には載っていない真実。これほどの悲しみと憎しみが、二つの国にはあるのだ。

 でも同時に知っている。今がこの憎しみを解く機会なのだ。ユリエルとルーカスはかつての女王と王のように互いを愛し、必死に両国を繋ごうとしている。そしてその為に、自分はいるのだ。


「ユリエル陛下は……兄は二国の和平を望んでいます」


 シリルはゆっくりと言葉を繋いだ。伝えられるだけの言葉を繋ごうとしている。


「兄上は今、二国が折り合う為に尽力しています。ルルエ側に協力者を得て、平和的に繋ごうとしています。ルルエ国王ルーカス殿も、戦を望まぬ心の持ち主だと言われています。ですが、互いに国内に敵が多く、思うように進まないのだと。僕が国を回るのは国内の敵を減らすためです。戦争を煽り立てる者や、その影で私腹を肥やす者を罰するためです」


 兄の思いを知ってもらいたい。国内で行った家臣の処分を恐れる者も多い。彼が軍事寄りだというのもその通りだ。長く軍籍にいた人は兵の苦しみを知っている。そして、長い城暮らしの過酷さも知っている。

 それでも優しいのだ。罪のない者を罰することはなく、民にも同じ目線で心を砕く人なのだ。決して戦狂いなどではない。敵が多すぎて、心を他に明かす事が出来なかっただけなのだ。

 ブラムは少し驚いた顔をした。彼もまた、ユリエルを誤解していたのかもしれない。


「……陛下は俺の事を知っていて、それでも俺を重く用いてくれる」


 黙って全てを聞いていたレヴィンが口を開く。ブラムとアデルがそちらを見て、意外そうな顔をした。


「俺に、密かに謝罪をしてくれた。国が消した俺達を王である自分までもが消してしまっては、死んだ者が哀れだと言ってくれた。知って、それでもシリル殿下を任せてくれた。そんな、優しく慈悲深い人だ。戦の才があるからといって戦好きではない。あの方は戦場で敵も味方もなく死者を弔い、散った命に涙をするような温かな心を持った人だ。国によって狂わされた俺が唯一の主と認めた、そんな人だ」


 知らなかった。でも、嬉しかった。兄はちゃんとレヴィンにも心を配ってくれた。穢れを嫌わない、そんな兄は全てを飲み込んで、飲み下して後に刻むのだと思った。


「ブラム殿、陛下の心を疑う事はない。諫めるのではなく、手を貸してもらいたい。あの方には圧倒的に味方が足りない。俺達が敵を殲滅しようとも、味方が増えなければどうにもならない。力を貸してもらいたい」


 ブラムはたっぷりと悩んだ。悩み、考える彼の横で、アデルがすっくと立ち上がった。


「俺が行きます」

「アデル?」


 ブラムの視線がアデルを捉える。シリルも少し驚いた。とても酷い仕打ちをした自覚はある。とんでもない恐怖を与えた事も分かっている。ただ、意地になって謝ってはいないし、その気もないが。


「父上はまだ十分に領主としての職務が行える。俺がいなくても大丈夫だ。俺がシリル殿下に付き添い、王都へと行こう。そこで、国政を支えられるように学びたい」


 アデルの瞳がシリルを捕らえる。その表情は穏やかであり、少し苦笑気味だった。


「シリル殿下、貴方にあのような行いをした俺だが、もう一度チャンスをくれないか。父の代わりに俺が国の担い手になる。俺は、陛下と殿下に忠誠を誓い、力の限り国を支える臣となろう。失ったオールドブラッドの誇りを、取り戻す為にも」


 シリルはレヴィンを見上げ、レヴィンは静かに頷いた。それは了承の意味だろう。シリルは笑い、アデルに手を差し出した。


「お願いします」

「こちらこそ、よろしく頼む。再び貴方が狂気に落ちたとしても、俺がお諫めいたします。腕の一本くらい覚悟のうえで」

「もうあのような事はしません」


 顔を真っ赤にして言ったシリルに、アデルは笑いレヴィンは苦笑した。

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