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5章ルルエ平定

1話 やり残した事(1)

 シリルとレヴィンは思った以上にいい仕事をしてくれた。

 トイン領の裁きはシリルの実力を見るのに十分な成果だった。そしてジュゼット領のブラムが手土産を持って来た時には、少し驚いた。

 前線のリゴット砦からラインバール砦へとクレメンスを伴って移ってきたユリウスに膝を折ったブラムから、色々な報告を受けた。

 シリルはこの頑固者を叩き割る勢いで動かした。何せこいつが自ら足を運び、周辺領主の不正の証拠を調べ上げて手土産として持ってきたばかりか、シリルに大事な一人息子をつけたというのだから。


 事が大きく動く。


 報告を聞きながら、ユリエルはこの機に一気に叩くことを考えた。そしてその予感はブラムが来た数日後に、より確かな物となった。

 他のオールドブラッドの息子達が揃ってユリエルを訪ね、臣下の礼を取った。老いた父に代わり国の為に力を尽くしたい。そう言って、彼らも周辺領主の不正を暴き立てた物を持参したのだ。

 ユリエルの動きは速かった。直ぐに手紙を書くとそれを聖ローレンス砦へと送り、兵をジュゼット領周辺まで進めるように指示を出した。それと同時にアビーとクレメンスを呼んで兵五百をリジン領の手前に進める事を指示した。

 オールドブラッドの息子達の話によると、ブラムの息子アデルは父親と同じくかなり状況を読む力を持っている。その彼が周辺領主の謀反を暴く手助けを申し出たなら、そのまま他は捨て置いてリジン領へと向かうだろうと言っていた。ユリエルもそう思ったのだ。

 オールドブラッドが動き出した事で、ニューブラッドも警戒を強め始める。その前に一番叩きたい相手のところへ向かう。ならば直線的に急ぐはず。海側の領地を回る事は他に任せたのだ。


 フェリスを呼び、一足先にロムレットの懐に入り込ませて動きを見張らせた。同時に、アビーとクレメンスを先行でリジン領周辺に忍ばせた。ユリエルは聖ローレンス砦の兵と合流し、告発のあった領主を連行した。

 同時にブラムや、他のオールドブラッドの領地にも顔を出して直接彼らに息子を育てろと言った。戸惑う彼らを集め、その息子達も含めて一晩話をすると、彼らも納得して一足先に王都へと向かってくれた。

 その後は聖ローレンス砦の者に不正領主を拘束させ、優秀そうな者を一時的に領主代理に立ててリジン領へと迫った。そして、アビーとクレメンスと合流した。


 事が動いたのはとある夜。フェリスが「内部が騒がしい。シリルに何かあったかもしれない」と伝えてきた。

 フェリスから、ロムレットが子飼いにしている暗殺者の事は聞いていた。彼女いわく「一番のバカで、可哀想な奴」ということだった。だが、彼ももう長くはないだろうとフェリスは言い、辛そうな顔をした。

 フェリスが言うには、暗殺者グランヴィルはロムレットに拾われ、そのまま暗殺の仕事を強いられてきた。それに、もう疲れている。しかも彼の体は限界を迎え、命は長くないという。そして、ロムレットへの憎しみを深くしている。

 子供が好きな奴らしく、人間的には一番情がある。ならば、シリルは無事かもしれない。フェリスを伴い、アビーとクレメンスに動きがあれば悟られぬようにつけて行けと指示を出して場を離れた。

 苦しむのなら、殺してやろうと思っていた。どれほどに苦しいだろうと、想像が及ばない。レヴィンもそうだが、まともで優しい奴がこうした道に落ちると悲惨だ。自分を責め立てている。しかも、命が短い事も理解している。


 だが、フェリスと共にグランヴィルの隠れ家へと辿り着くと、既に全てが終わっていた。穏やかに横たわる青年と、その胸に剣を突き立て血に濡れたシリル。そんなシリルを抱きしめるレヴィンを見て、胸が痛むと同時に手を離れた事を知った。

 守らなければならない幼い弟はもういない。あそこにいるのは自らの足で思う道を歩み、その手で欲しいものを恐れずにつかみ取る事を選んだ強い少年なのだ。

 それでも、緊張の糸が切れたその表情にはかつての弟の面影がある。胸にしがみついて泣くシリルの急速な成長を、縮まった身長差で知らされた。


 これからは甘やかさない。任せる仕事も増えるだろ。これからは右腕として、彼を重く用いる。恐れる事も止めた。隠す事ももうない。ユリエルは本気で、シリルを育てる事を考えた。


◆◇◆


 和平に向けた会議が連日のように行われている。ユリエルの側にはクレメンスとシリルがいて、シリルの斜め後ろには姿を改めたレヴィンがついている。堅苦しい服装に多少の難色を示したものの、彼に合う服を見立てて着せると予想以上にいい男に仕上がった。

 レヴィンはだらしのない格好をしていたが、それでも色香のある男だ。濃い赤い髪に艶のある紫の瞳。顔立ちも随分と整っている。身長もあり、体躯もいい。これにピッタリと体のラインが分かるジャケットを着せるだけでかなりだ。クレメンスやアビーでさえ、「これはまた、化ける」と唸ったほどだった。

 シリルはとても恥ずかしそうにして、しばらくその姿を見られなかった。そんな姿が可愛らしく、レヴィンも顔を赤くした。

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