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1話 やり残した事(2)

 レヴィンも何か、吹っ切れたようだ。彼の治療は進んでいる。体内の毒を洗うアルクースの解毒薬を中心とした薬物療法はよい効果を出している。睡眠時間の増加や、食欲の増加。味覚も鋭くなったと聞いた。その分、身体能力の異常さは影を潜め始めた。

 「このままじゃ普通の人になるな」なんて冗談みたいに言ったレヴィンだが、これでいい。毎日個人的な修練に彼と手合わせをしているが、鋭さや強さは変わらない。彼の剣はまだ十分にユリエルと渡り合うのだ。

 このまま、長くシリルの側にいてくれる事を願っている。彼らの幸せそうな姿を自らに重ねるだけで、寂しさの中にも希望を見た。



「ルルエ王の真意はこの親書から受け取れます。ですが、今はこの時とは状況が違っております。かの王に、まだこの時の気持ちがあるか」


 親書を熟考する家臣達の言う事も頷ける。そして「問題ない」とここで断言出来ないことがもどかしい。

 ユリエルとルーカスの気持ちに変わりはない。だが、それを知るのはシリルとレヴィンだけ。下手に何かを言えば総攻撃を受けるかもしれない。


「ルルエ国王ルーカス陛下は、元より無用な戦を好まぬ人である事は確かです」


 そう言ったのは、意外にもクレメンスだった。

 彼は控えめな声で、だが思うところはしっかりと伝えた。


「私は彼の国にも間者を入れておりますが、ルーカス王の思いは今も昔も変わってはいないように思います。彼の王の心は常に穏やかであり、戦よりも和平を願っております」

「だが、今はまさに戦の只中。あちらも軍をひいてはいない」

「こちらの親書にも答えは返らぬままだった」

「こちらの親書がルーカス王に届いていないという噂がございます」


 難色を示す家臣達に、クレメンスは確信のある声で言った。これに、ユリエルは驚いて彼を見た。チラリと見たクレメンスが苦笑している。どうやら彼は予想以上に抜け目がないと、ユリエルは改めて知った。


「忍ばせた者の話では、ルルエからの親書が二通あったと聞いておりました。その一通が、和平に関わるものではないかと。その話を疑いはしましたが、こうして現物が出てきた。そうなると、こちらの和平の親書が彼の王に届いていないという話にも信憑性があるのではないかと」

「謀られたか……」


 オールドブラッドの重臣が重々しく腕を組んで唸る。彼らは基本的に争いを好まない。和平の話には前向きだ。だが同時に国益と状況を見る。今はまだ状況が悪い、そう思っているのだろう。


「話によれば、ルーカス王は教皇アンブローズ殿とは犬猿の仲。そしてアンブローズ殿は我が国との戦を何よりも強く望んでおられる。民を思う優しき王に、民を盾に戦を推し進める教皇。なんとも妙な構図が出来ているようです」


 皮肉なものだ。本来教皇は神の代行となり、民を導き平和を好む。この国には教皇はなく大司祭だが、その者はそうした心の者だ。宗教家とはそうであってもらいたいと思うのだが、このアンブローズという男はそうではない。神の名で戦を推し進めている。


「この男の力を削ぐことができねば、ルーカス王とて易々と和平の道は歩めぬでしょう。彼の国では教皇の退陣を王が決める事が出来ぬ様子。和平の打診は、そちらの様子を見る事となりましょうね」

「だが、道がないわけではないか」


 ブラムが唸り、だが頷く。そして他のオールドブラッドもまた、その道を捨てる事はないようだ。

 安心した。彼らまでもが和平に反対すれば、ユリエルの願いは遠くなる。彼らを抱き込めるかが、ルーカスとの未来には不可欠だった。


「その判断は前線で行う。皆には国内を頼みたい。私は明日にでも、この親書の内容を国民に知らせ和平への心を問おうと思う」


 凛と言ったその言葉に、家臣達からはざわめきが起こった。王が民の前で話す言葉は重い。それを心得た者達は、不用意な事を嫌う。だが、ユリエルは強い意志で推し進めるつもりだった。


「私が単に和平を申し入れるのは容易い。だが、私はこの国に住まう全ての者に問いたい。二国の憎しみは、既にその形を失っている。自らの痛みではなく、聞かされる話の中での憎しみでしかない。こちらが訴える痛みは、返せば相手に与えた痛みでもある。これ以上の戦が正しいのか。新たな血を流し続ける未来を、子に、孫に強いていくのか、私は問いたい」


 今血を流す兵達のケアはしているし、し続ける。反発がまったくないとは思わない。だが、考える事が大事だと思っている。過去ではなく、未来の国を考えてもらえればいい。そう、ユリエルは考えている。


「お前達はどうだ。今のまま、この戦を未来永劫続けていくか。子が、孫が戦の炎に焼かれるかもしれない。そんな未来を、望むのか」


 問えば皆が顔をうつむけている。だが、オールドブラッドは流石に早い。皆がしっかりと顔を向け、ユリエルを見て頷いた。


「その未来を最も拒むが、我ら罪を知る者です。陛下、どうかこの国に平穏を。できるだけ長い、平和を」


 その言葉に、顔を俯けていた者達も顔を上げて頷いた。ユリエルもそれに鷹揚に頷く。

 彼らはそれでも知らないだろう。この胸にある最終的な未来。二国を一国とする未来の形を。

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