静が家までついて来てから三週間が経つ。ぱたりと姿を現さなくなった彼女だが、なぜか魔宝石の花は毎朝ポストに置かれている。
「いるとしたらやっぱりもう少し下か……? でもこれで潜るとふたりが怖い顔するからなぁ」
上層八階で清巳はうんうんと唸っていた。
抗議すべく静が現れるのを待つのだが、そうすると隠れて姿を見せず、席を外した隙に置かれているため会えないまま時間だけが過ぎていた。中層や下層へ探しに行くことも考えたが、それをするには武器が心許ない。素手でも行けないことはないが、明美に泣きそうな顔をされてしまったのでできない。
何度か武器屋にも足を運んだが、どれを握っても振ってもなにかがしっくりこなくて、代替品もまだ見つけられていない。
予備の剣は力任せに振るうばかりで刃がだいぶ欠けてしまっている。早いところ使えるものを見つけなければいけないが、これ、というものは見つからない。
仲間の断末魔を聞いて駆けつけた三匹の一角兎が前方三方向から角を突き出しながら跳躍する。清巳は後方に飛び退いた。
「とはいえ、静をまた捕獲するには下に行くほうが確実……か。貰いすぎだって俺の可愛い弟と妹も落ち着かないから早いところ返却したいんだがなあ」
なにかお返しした方が良いかな、と考え込む二人も可愛いのだが、不安がっている顔よりも笑っている顔の方がいい。早いところ返したいのだが、世の中うまくはいかないことが多い。
[ぼやきながら一匹ずつ倒してる兄は流石]
[兄が他人に入れ込む日がくるとはねえ]
清巳は頬を手の甲でさすった。
一ヶ月前と比較して、変異個体の出現頻度は増えている。弟妹を連れて、様子見も兼ねてこの土地を離れるには都合が良い。ちょうど夏期休暇に入ったこともあり、明日移動予定である。指定危険区域の移動になるため、魔動装甲車の予約も確保済みだ。
静の目的は何にしても、明日からいないため魔宝石をポストに放置するのは遠慮して欲しいため、渋る弟妹に頭を下げて移動日前日の今日も潜っているのである。
「武器なあ。あまりお金は掛けたくないけど、生命線だからケチるなって怒られたんだよな。武器とか防具よりも俺の生命線は可愛い弟と可愛い妹だから実質無料なんだけどなあ。いや、弟と妹の安心を買うと思えばいくらかけても惜しくはないな。オリハルコンが安心して使えるけど、下位素材のアダマンタイトあたりなら、運が良ければ……、……さすがに辞めたら非常時に、また言いがかりをつけられるし」
ふと、視線を感じた。交差路の影から顔を半分覗かせている静と目が合う。
しず、と名を呼び終えるより早く目の前に立つ彼女に、清巳は思わず足を引いた。
手を掴まれたことに驚愕を自覚するより早く、彼女の姿が消える。
「……え?」
茫然と彼女が消えた通路を見つめる。
[相変わらずよくわからないけど、実力だけはあるんだよな]
[座敷童子ちゃんが神出鬼没なのはいつものこと]
清巳はゆっくりと視線を落とした。指の間に挟まれた白い紙がある。
それを引き抜いて清巳は眉根を寄せた。
俺も用があったのに、相変わらず一方的だ。せっかく会えたと思ったのに。
そんな文句を飲み込んで、端がずれて雑に折りたたまれた紙を開いた。
まるで小学校低学年が文字を習って慣れてきたようなバランスの悪い歪な字で書かれていたのは、予定を狂わせる一言だった。
『矢築町筑野二〇の一
「えぇぇぇぇ……」
万里工房と言えば日本有数の鍛冶工房だ。
工房主は人間国宝とも呼ばれる、鍛冶師・
魔宝石の過剰譲渡の既往がある彼女に、そんな場所に呼び出される理由に容易く見当がついた。恐らく、折った剣にかわる新しいものを注文したのだろう。数年待ちと言われているその工房に無理に依頼をねじ込んだとするならば、費用など考えたくもない。話が通っている以上、行かないわけにはいかない。明日移動予定なのに。
だから言っただろ、と絶対零度の視線を向けられ、寂しそうにこっちを優先だよ、と言われる未来しか見えない。
[だから言っただろ馬鹿]
容赦のない弟のコメントにしくしくと傷むお腹を押さえて、清巳は深い深いため息を吐いた。