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第十二話 #会いたい②

 とぼとぼと隧道を進む。静のあれこれも心労の一つではあるが、それよりも弟と妹に心配をかけてしまったことのほうが申し訳なくて凹む。だから言わなかったのに。


  [兄の惚気がない、だと?]

  [落ち込みモードの中でもガチめなやつ]

  [一番の新参ですけど、惚気がないのは逆に落ち着かないです]


 そんなコメントを視界の隅に留めながら、清巳は右手を持ち上げた。だが、飛び出した静が一刀両断する方が早い。それをせっせと手持ちの鞄に詰めていくのを横目に清巳は先へと足を進めた。あまりやる気も起きなくて、惰性で魔物を倒して下へと潜る。

 どうしよう。情けのないところを見せるわけにはいかないのに、不甲斐ない自分を消してしまいたくなる。ふたりが泣くからしないけど。でも、すぐには立ち直れそうにない。


「…………二人のごはん、食べたいなあ……」


 自分のごはんなんて美味しいとは思えない。二人がいないのならば尚更。寝るのだってそうだ。ふたりがいない場所で寝るのは、満身創痍で気絶した時くらいだ。ふたりが世界の全てであって、ふたりが傍にいない現実に一体なんの意味があるのだろう。


「はやく週が明けないかな……」


 乾いた笑いが零れ落ちる。


「もう少し、『エフィシア』と『みちのく』の便があれば、すぐにでも二人のところに飛んでいくのに。待つよりも危険区域進んだ方が早いよな? 魔物全部無視して進めば行けるよな? あぁでも二人が泣くか、泣くな。それはだめだよな。待つしかないのか……待てるか……?」


  [危険区域はだめだって]

  [そこは待て一択だ]

  [強行突破したらしばらくトマト尽くしの刑な]


 清巳は眉を落として首を横に振った。


「それはだめ。ほんとにだめ。トマトはやめて。待つからやめて」


 最終手段を断ち切られて悄然とうな垂れながら隧道を歩く。

 中層も五階を過ぎた頃、不意に腰の重みが増えた。足を留めて視線を落とすと、腰の鞄に鞄をくくりつけている静がいる。

 先程まで通常個体とたまに変異個体のなきがらを詰め込んでいた鞄だ。確かに鞄に忍ばせてはないが、誰も鞄ごと欲しいと言った覚えはない。


「あのなあ……」

「あげたいからあげる」


 悪くないもん、と言いたげに胸をはる静を振り返り、左手を持ち上げた。不思議そうに指を見つめている静の額を指で弾く。


「ぴゃっ⁉」


 奇声を上げ、静は両手で額を押さえた。三歩ほど下がって不満そうに目を細める。


「あげたからね」


 言い捨てて逃げるように静が前に躍り出る。五メートル前方で足を留めた静が振り返り、無言で来ないのかと訴える。


「…………ほいほいもらえるものでもないんだがなあ……荷物持ち、ということにしておくか」


 いくら鞄に入れたところで、素材のやり取りであることに変わりはない。変異個体が出ている以上、映像データとしての提出は必須。受け取ったと思われるようなことは、極力避けたい。

 預かっている荷物に魔物やら魔石が入れられるのは黙認しつつ先へ進み、中層八階に降り立った。

 七階層とは異なり、空気が肌を刺すように痛む。


「――戻るか」


 即座に踵を返して階段を上る。行きと違い、ボス部屋ではなくどこかの通路へ出た。左右を見渡して右へと進む。

 出てくる場所は三箇所ほどで固定されており、覚えてしまえば場所の目途を立てることは可能だ。今回は左右に広がる隧道なので、右に行けば上に続く階段がある道へ合流する。


「ねえ」


 珍しく静から声を掛けてきた。なにごとかと視線を落とす。


「その緋色の腕輪。とったらだめだよ」


 左腕を指し示されて、清巳はぴくりと眉をあげた。左腕につけているのは妹に渡した緋緋色金のブレスレットだ。

 泣く泣く二人を見送る際に、不安そうな顔で持っててと手ずから身に着けられて、固辞などできるはずもなかった。欲を言うなら明美に持っていて欲しかったが、可愛い妹のお願いと可愛い弟の無言の威圧には勝てない。

 なぜブレスレットを清巳が装着できたのかはわからないが、多少弾かれるような感覚があるだけで強い拒絶はないので、そういうこともあるのだと細かいことは深く考えないことにしている。


「とったらだめ、というのは?」


 静が口を開くと同時に、耳元で警報が鳴った。

 咄嗟に左手を挙げて静を制止し、端末に触れる


  [救助要請

   浅木地下ダンジョン上層五階にて獣種の変異個体を確認

   救助対象者:青銅ランク探索者五名、うち三名、赤

   上層五階X24:Y6 

   変異種の概要 推定ランク:C 魔狼種の変異個体

   現在の位置はこちら]


「悪い、話は後で」


 全ての文字を追う前に踵を返した清巳は、しかし再び鳴り響いた通知音に足を留めた。

 震える指で救助要請の情報を更新する。

 [救助信号の全消失に伴う救助要請の取り下げ]と書かれた文言に清巳は唇を震わせた。

 それが意味するのは救助対象者の死だ。今回の対象者は五人。魔物に、腕輪だけを破壊するほどの知能はない。腕を落とされて、生命兆候が正常に機能しなくなるケースもあるが、即座に要請が撤回されたということは、今回はそれに当てはまらない。

 がり、と喉元を掻いた。ざわついて落ち着かない心を落ち着かせるように、爪を立てて何度も首を掻く。

 遠慮がちに袖を引かれ、清巳は手を止めて視線を落とした。


「痒いの?」

「…………いや。大丈夫だ」


 腕を引き抜いて来た道を走る。十分程度で上層五階に戻った清巳は、表示されていた座標の位置へと向かう。残っている地の後を追いかけて奥へと進む。

 果たして、そこに死体はなかった。かわりにあるのはうち捨てられた武器だ。主人を失ったカメラが所在なさげに浮いている。おびただしい血の海からなにかを引きずるような痕跡が奥へと続いていた。


「仕留めて持って帰った……ダンジョンで? 習性の変化……というより知恵をつけてる……? 成長してる……?」


 実に気の悪い話だ。野生に蔓延る魔物ならばともかく、環境の変わらないダンジョンで、習性の変化を起こすほどのなにかがある、ということなのだろう。

 まるで、外に出るための予行演習のような。


 清巳は眉間に皺を寄せ、首を振って疑念を追い払う。両手を合わせて短く黙祷し、鞄から回収袋を取り出した。剣を握ったまま落ちている腕、砕けた杖、内側が血に汚れた盾、誰かの片足、赤い土台の腕輪を装着している手首。そして、鋭い刃物で二つに斬られている魔動拳銃。最後に、配信中の表示のまま浮いているカメラ。

 カメラを手にした清巳は機械を検分した。どうやら生体認証ではなく魔力認証による最新の高性能カメラのようだ。だが、生命力の停止に伴い体内魔力の活動も停止する。それによって認証した個体の追尾が不可能となり漂っていたのだろう。生体認証ならば原型を留めている限り追尾できるのだが、壊れるか魔力切れになるまでグロ映像が垂れ流しになるため、魔力認証が最近の流行なのだ。


「見ているやつがいるかは知らないが、電源を落とすぞ」


 カメラに内蔵されているマイクに向けて告げ、清巳は電源を落とした。それを袋に収めて、袋ごと鞄に収める。

 途中までついて来ていた静は五階に到着した時点で、ふらりと別行動をとっており姿はない。

 清巳はぽつぽつと地面に残る暗赤色の道しるべを辿って走る。


  [成り立ての中学生グループらしい……ごめんちょっと一回抜けるわ]

  [わ、わたしも! 休んできます]


 ダンジョン配信者に惹かれて探索者になった人は少なくない。協会できちんと講習を受けてパーティーで臨めば、上層ならば比較的安全に闘える。

 配信探索者のほとんどは、習ったとおりのお行儀の良い戦い方をする。下に行くほど知能が上がる魔物やイレギュラー相手には、お粗末な実力しかない。

 配信探索者になった者が命を落とすのは時間の問題とはいえ、死者が出たという事実は簡単に受け止められるものでもない。胃の不快感に唇を引き結ぶ。

 嫌な空気だ。左手でごしごしと頬を強くこすり、前を強く見据えた瞬間。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 断末魔にも似た悲鳴が空気を震わせた。

 清巳は舌打ちしながら駆けだした。

 探索者を死に至らしめた変異個体はまだ生きている。ダンジョン内部にいる低ランク帯の探索者には注意喚起と警告が行くはずなのだが、運の悪いことに遭遇してしまったパーティーがいるようだ。

 疲れているわけでもないのに息があがる。早く、という焦りに四肢を絡め取られた気がして、音の出所が遠く感じる。


 ――……ちゃ……。


 耳の奥で罪の音が響いた。喉の奥が引きつり、息を飲む。

 早く、早く行かなければ、また。


「にょ――――!」


 喜びに満ちた奇声にナニカが倒れる音が重なる。それとほぼ同時に現場に到着した清巳は、深い青色の魔石を掲げてくるくると回る静を見つけて、震える息を吐き出した。座り込んで身を寄せ合うようにしている少年少女はみな五体満足で生きており、茫然と静を見上げている。ついでにもうひとつ知った顔がぽかんと間抜け面を晒している。

 清巳は震える息を吐き出して脱力した。


「ひほっ、ふほほ、にゃほほほほほほほほほ、ほー!」


 いつにも増してテンションが高い。魔石を頬ずりするそのはスライムのように蕩けきっていた。


「横取りしておいてはしゃいでんじゃねえよ、くそババア!」


 座り込んでいた少年が叫んだ。学生服に刺繍された胸のエンブレムは弟が通う浅之山高校のそれだ。襟元の赤いラインは、弟と同じ中学一年。少年少女四名はの赤い土台に青銅の腕輪を身に着けている。

 探索資格の発行は十三からだ。半年近くで五階層に降りれるほどの実力はそれなりにあるのだろう。だが、それなりでしかない。


「あのな、助けて貰ってそれは――」


 苦言を呈そうとした涼太の向こう側で静の手がぴくりと動いた。生徒に歩み寄っていた清巳は、咄嗟に少年の襟首を掴んで後ろに引き倒し、オリハルコンの剣を地面に突き立てた。

 かきん、と澄んだ音を立ててオリハルコンの剣が静の刀を受け止める。

 手加減したのか、あるいは打ち直して貰ったばかりだからか、オリハルコンの剣は欠けることなく緋色の刀を受け止めていた。


「だめ?」


 不服そうに見上げてきた静が小首を傾ける。


「殺すのはだめだな」

「…………ついうっかりたまたま手元が狂って」

「それはない」


 清巳はきっぱりと断言した。

 静が渋々刀を引き下げた。


「よく対応出来たな」


 涼太が顔を引きつらせながら双剣を下ろした。

 少年が食いついた。


「ふ、ふざけんな! あいつらみたいに俺が簡単に殺されるわけないだろ!」

「一馬、やめてよ、私たち、死ぬところだったんだよ」

「うるせぇ! そんなわけがないだろ!」


 後ろで繰り広げられている応酬に清巳はため息を飲み込む。

 欲目を抜きにしても弟のほうが百倍可愛い。


「そんな殺気立ってる状態で言われても説得力がない」


 静は瞬き一つで殺気を消して刀を下ろした。


「おいお前! 探索者証をつけてないってことは、黒鉄から上がれないクズだろ! ふざけんなよ!」

「助けてくれた人にそんなこと言う必要ないでしょ!」

「うるせえ! そっちの野郎も、証も明かせないくせに、でかい顔してんじゃねえ!」


 清巳は静の手を掴んで自分に引き寄せながら身体を左にずらした。

 掴みかかろうとしてた少年が前のめりになるその首に手刀を落とした。

 少年がパタリと倒れる。


「一馬⁉」


 ぴくりとも動かない少年にパーティーメンバーが駆け寄る。それを冷ややかに見下ろしていると、敵意と侮蔑を滲ませた顔を向けられた。

 もう一人の少年が口を開くより早く、清巳は吐き捨てた。


「そこまで元気ならさっさと地上に戻れ」


 三人の顔が歪んだ。

 清巳はすぅっと目を細めた。


「変異個体が出て死者も出ているこの状況で、まさかダンジョン専攻科の希望者を対象とした夏期講習が続行中、とは言わないよな」


 引きつった顔でなにも言わない三人組に悟る。


  [退避命令を無視してるね]


 想像と違わない回答がコメントに浮く。


  [みっけた。アーカイブひとつもないって初心者?]

  [お初]

  [アイコン初期設定のまま紹介文も一言って配信する気あんの?]

  [ここは惚気聴いてメシウマするところだから、気に入らない奴は回れ右]


「か、関係ないでしょ⁉」


 叫びながら、逆上した一人の少女が詰め寄る。


「美咲ちゃん!」


 咎める叫びと、清巳がその腹部に拳をたたき込んだのは同時だった。相手にするのも面倒でついでに残り二人も気絶させる。


「容赦ねえな……いや、分からなくはないけどよ、手荒過ぎると荒れるぞ?」

「ならいるか」


 流し目を送りながら伸びる三人を指し示した。


「いや、いらん。力量のわからない馬鹿と戦闘の邪魔になる馬鹿のかけ算は手に負えない」

「だろうな。それのストーカーに比べたら、こっちはましだろう」


 こっち、と視線を送ったのは魔石を頬ずりしている静である。


「……意外と根に持つのな。女々しい」

「これみたいなやつと静をひとくくりにする方が頭足りないだろう」


 ダンジョンは命をやりとりする場所だ。そこで足を引っ張る人間と、一定の信用を置ける人間とでは、その後の生存率にも大きく差が出てくる。いざというときに足かせにしかならない存在を置いておくのは、賢いとは言えない。

 そう言う意味では、静にとっては清巳がそういう存在であることは自覚している。ただ、好き好んで近づいて来るぶんには構わないが、それ以上のものは求めないようにしている。

 探索者の世界は、突き詰めれば生きるも死ぬも自己責任なのだ。


  [見えなかった]

  [なぜ無名。これは掘り出し物だな]

  [言いたいことは分かるが、過激だな]

  [どこの誰だよ、【拡散禁止】っていう文言破ったやつ。あーあ]

  [始めに言っておきます。兄は惚気るだけでコメントに反応はしません]


 地面に伸びる中学生たちを一瞥して清巳は呟いた。


「どうやって連れて帰るか……」

「何も考えずに伸ばしたのかよ」

「弟のように可愛くないからな」

「縄、いる?」


 横から差し出された、蔦を編んで作られた縄の先が四つ。なぞるように視線を滑らせた先には、いつの間にかぐるぐる巻きにされた少年少女がいる。

 すっと涼太を見つめ清巳は一言告げた。


「やる」

「えっ、俺に押しつけ……ってちょっと静ちゃん腕に縛り付けないで⁉」


 涼太が腕を引くが、すでに蔦の縄わしっかりと腕に固定されており、そう簡単に結び目は解けない。

 手首を捻って縄を切り落とすべく双剣を閃かせる。

 ――だが、予想に反して刃は縄の表面で止まった。


「え⁉」


 涼太が目を剥いた。清巳もまた軽く驚き、けれども静の能力を思えばさもありなん、とすぐに冷静さを取り戻す。


「あれは任せて戻るか」

「ん」


 踵を返した清巳の後を追いかけて、静が横に並ぶ。


「おいこらそこの二人! 仕事を放棄するなっ!」

「来た時点で片付いていたから、俺の範疇ではないな」

「静ちゃん!」

「仕事ってなに?」


 清巳を見上げて問う。

 静のランクは半人前。いくら下層をソロで行ける実力があっても、Bランクの魔物を一撃で倒せる余裕があっても、ランク的には半人前なのである。そんな半人前に救助要請はいかない。たまたま居合わせて片づけただけの半人前に少年少女の保護義務はなく、彼女がさっさと退散しようが規則的には問題ない。なにせ半人前ランクだから。


「規定上はないな」

「そっか」

「納得するな――――!」


 残念なことに、それなりにランクを上げている涼太はそれに当てはまらない。押し付けも何も、状況的に彼らの保護と輸送は彼の役割で間違いはない。


「ちょ、まじで切れない……置いてくなよ薄情者!」


 薄情者も何も、自分より先に対応していたのは涼太なのだ。仕事を押しつけられる謂われはない。


「ゴミはいらない」


 肩越しに振り返った静が、悪気も何もないような純粋な顔で断言した。

 歩きながらその頭に手刀を落とす。


「みぎゃっ⁉」

「それはさすがに言い過ぎだ」

「実力も分からない、引き際も分からない、くだらないことであなたを貶す物体がゴミでないならなに?」


 静の言いたいことは分かる。

 パーティーで動く者と、ソロで動く者との実力の乖離が激しい。それにもかかわらずランク昇級の条件は同一だ。実力に差が生じる理由は未だに明らかになってはいないが、ソロで活動し続けてきた静からすれば到底理解できないもの、という認識なのだろう。


「実力もわからない、引き際もわからない、ってところはまあ、パーティーなうえ初心者で、発展途上な学生の身でちょっとランクを上げられたからって高慢になってるのはうかがい知れるし、それで部位欠損、最悪死に繋がるような思い違いをしているのを見ても庇いようがないけど、ゴミ扱いはやめたほうがいい」

「なんで?」

「人だから。どんなに癪に触ってゴミ扱いしたくなることがあったとしても、一応人だから。一応、あれでも。心の中で何を思おうが自由だけど、口や態度に出したら静が悪し様に言われるからしない方が良い」

「…………わかった」


 素直に頷いてくれたことに、清巳は胸をなで下ろした。


[言うなw]

[上から目線とかうっざ]

[そういうお前はどうなんだよwww]

[俺たちの憩いの場所が……]


 出入り口まで道なり一キロほどのところで足を留める。外にかなりの人の気配がある。外はてんやわんやの大騒ぎで、中にまで声が届いている。普通に出て行けばとっつかまって事情聴取が待っている。

 ――が、今回はそれは避けたい。

 あの少年たちの言葉から判断するに、ダンジョン配信中に命を落としたのは同じ学生。弟の知り合いかどうかは知らないが確実に堪えてるだろうし、清巳に対する学生たちの態度にも確実に落ち込んでいる。

 そんな弟と妹を差し置いて事情聴取に応じられるわけがない。


「じゃあこれあげる」


 首飾りを外して静が差し出した。青葉を思わせるような綺麗な緑色の魔宝石が煌めく。高価な物を惜しげもなく差し出す静の頭に手刀を落とした。


「んみっ」

「あれこれ貢ぐな」


 首飾りを彼女の首にかけ直す。

 ぷくっと静の頬が膨らむ。両頬を人差し指で押せばふすーっと気の抜けた音を出しながらしぼんだ。

 唇を尖らせる静に清巳は綻ぶ口元を片手で覆い隠し、頬を掻く。


「四日後。入ったらだめだからね。ここ来る日でしょ」


 拗ねたような口調だが、それは明らかな警告だった。


「なにがある」

「昼過ごろに変動がある」


 きっぱりと彼女は断言した。確証を得るようななにかを彼女は知っている。

 ――が、聞きたくないなというのが清巳の本音だ。聞いたら確実にその流れで巻き込まれる。


「今日中に機構に緊急報告くらいは入れておけよ。さて、一緒に家に帰るか」


 静の左手首を掴んだ。


「えっ?」

「魔宝石の山が返品不可なら、その分は食ってもらわないとな」


 小刻みに頭を横に振って手を振りほどこうとする彼女に、にっこりと笑みを向けた。


「悪いが、返品不可だから拒否不可だ」

「ぴっ」


 静が飛び上がって、そして首をすくめた。なんで、と物言いたげに口角が下がる。

 無言で見つめ合う。次第に張り詰めていく空気を切り裂いたのは、疲れ切った声だった。


「ぜーはー……人を置いていっておいて、ナンパ中かよ。いいご身分だな」


 ぬかす涼太に貼り付けた笑みを向けた。無言で静の腕を引く。

 抗うことなく、ててて、と静が足を動かす。


「待て待て待て待て! 副部長から二人に出頭命令出てるからな! 清はメッセージ見ろ!」

「断る」

「じゃあ私もヤダ」

「おーまーえーらーはー!」


 がなる涼太から視線を静に向け清巳は笑顔で告げた。


「走るぞ」

「…………はい。大人しく連行されます……」


 弱々しい声で静が応じた。

 ひとり残された涼太は、ひとり隧道の中でゆっくりと口を開いた。


「できてるぅ。……大爆発しやがれ」


 忌々しく吐き捨てて、未だに気絶して目覚めぬ青少年を引きずって出口へ向かった。












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