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第十四話 #会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい

 早朝六時。中層五階まで降りた清巳は顔をしかめて四階に戻った。そしてカメラを飛ばして生存報告を開始する。

 上段に剣を構えて突進してきたビッグボアを斬る。縦に真っ二つになったボアには目もくれず盛大なため息を吐きだした。

「猪肉かあ。大分鞄に貯まってるんだよなあ。今度あったら肉パーティーでもするか。野菜もちゃんとつけて、ご飯たんまり炊いて。はあ、今頃可愛い弟と可愛い妹を旅行先で愛でてるはずだったのに」

 虚ろな目でボアの右半分を足で押さえて牙を毟る。


  [なにこの配信名w]

  [え?]

  [今なにした?]

  [まてまてまてw]

  [狂気じみた配信名から察するに、予定がおじゃんになったか]

  [毟るの楽しそう]


 同じようにして左の牙もむしり取って鞄に収めた。

 視界の隅で今までの比ではないほどコメントが流れていく。


「昨日の晩ご飯は親子丼食べたって、羨ましいなあ。弟の親子丼食べたかった。下処理から丁寧にしてるから美味しいんだよ。玉子もふわっふわでおいしいんだよ。味付けも絶妙でな。なんで俺食べられないんだろう」


 惚気つつもめそめそしながら、ボアの切断面にぺたぺたと吸血シートを張って鞄に収める。


「声は聞けるけどそうじゃないんだよ。可愛い可愛い可愛い弟妹と同じ空気吸いたい」


 あてどなくふらふらと五階層をうろつく。倒しては適当に鞄の中に押し込み、彷徨うのを繰り返す。


  [地図頭に入ってないんかーいw]

  [一撃は凄いけど……]

  [おーい、こっちは無視ですかー?]

  [改めて言います。兄は惚気るだけでコメントに反応はしません]


 やがて鞄の中に入りきらなくなった。魔物を取り出して魔石を繰り出す作業を十回ほど繰り返し、歩みを再開する。

 肉も皮もそれなりに買い取りはしてくれるが、その中でも額が良いのは魔石だ。少し加工すれば自宅でも使えるため、こればかりは徒に捨てることはできない。


「会いたいよねえ、会いたいよね。なんで俺まだここにいるんだろう色々ぶっちぎっていいかないい気がする俺になんの利点もないし腰重いのが悪いんだし尻拭いをこっちに押しつけないでほしいそれより俺は二人に会いたい週明けに会いに行ける予定だったのに」


 息もつかずに愚痴を吐き出す。


「静のはまだ、急な予定に多少腹は立ったけど有り余って許せるだけの利点はもらえたからいいのによ、今更調査なんて遅すぎる折角の弟と妹との旅行計画をなんでそんなことで潰されなきゃいけないんだよ支部をぶっとばさなかったことに感謝してほしいよな弟と妹に怒られるからやらなかっただけだから」


 正面と背後から襲ってきた変異個体の魔狼の首を二振りで切り落とす。身を低くして威嚇する仲間に肉薄して残りの群れも片づけた。魔石だけは回収して死体は片隅に寄せる。


  [組織批判はあかんて]

  [通報しました]

  [予定が狂いに狂わされて怒ってるのはわかるけど]

  [兄、過激な発言は控えて]


 歩みを再開して清巳は天井を見上げた。


「可愛いんだよふたりとも。耐えきれる気がしないからばっくれようかと思ったけどそうしたら家に入れないっていうからやるしかないだろ、ふたりがそう言うから。俺の可愛い可愛い弟と妹が言うならやらない理由がないけど会えないの辛い」


 愚痴りながら惚気ながら延々と五階層を回る。

 昼を過ぎて夕方になったころ、不意に清巳は強い痒みを覚えた。強く頬をこすりながら四階へ上がる。

 そこで魔石を仮ながら時間を潰し、再び痒みを覚えて中層三階へ上った。


「俺の弟と妹ほんとうに可愛いだろ。生まれてきたことが奇跡だよな。生きててくれるのが本当に奇跡。――ああ可愛い可愛すぎる。どこそこ行ったよ、合流したら一緒に行こうねって写真くれた、妹の笑顔と弟の仏頂面つきで。可愛いなあ。可愛いな、本当に可愛いだろ。仏頂面だけど妹のお願いに断れなかったであろう弟が可愛い、なんやかんや甘いんだな、妹末っ子だし。まあ末っ子じゃなくても可愛いけど」


 めそめそする清巳を案じたのか、昼前からぽつぽつ送られてくる写真を愛でるのが止まらない。惚気を延々と垂れ流しながら魔狼の首を切り落とす。

 もうすでにポーチの中はいっぱいで倒した魔物は端によけて隧道の中を練り歩く。


「今日の夕ご飯はオムライスでな、ケチャップで猫の絵が描かれてて可愛かった。妹作っていうのが可愛いよな。弟のは普通にぶっかけただけだったけど、そもそも料理が上手だから綺麗な黄色でかかってるケチャップも手慣れた感じでものすごく美味しそうでな」


  [この惚気、いつまで続くんだ……(n回目)]

  [千はいたのに、半分以下どころか二桁……]

  [面構えが違う猛者の集まり]

  [惚気はあれなんだが、やってることはすげえからそれでなんとか……]

  [レベチすぎて勉強にはならない件]


 いつもならば切り上げる時間になっても中層三階を巡り続ける。延々と惚気を垂れ流して、殺伐とした空気には似つかわしくないのんびりと歩む。途中、機構から送られてきた顔合わせの日程についてはお断りを入れ、再び惚気を垂れ流す。

 視界の端に流れるコメントが呆れ果てたものに変わり、更に心配する声が増えた頃、端末に一つのメッセージが届いた。


「寝なさい、ってメッセージ送ってくれる弟妹も可愛いよな。むしろ二人が寝てくれ。二人の寝顔も可愛いんだよ。流石に部屋に入って眺めることは怒られたからもうしてないけど、いてくれるだけで可愛いから当然だよな」


  [惚気てる場合じゃない。寝よう。日付変わる]

  [寝ろ。いいから寝ろ]

  [休憩時間なしでなにしてるんですかね?]

  [自殺願望でもあるのか……?]

  [寝てくださいお願いします]


 流れるコメントに混じる克巳のコメントを目敏く見つけた清巳は相好を崩して応じた。


「家に帰ってもふたりがいないからな。弟と妹は疲れただろうから風呂入って湯冷めする前に寝るんだぞ。いつも通りこれは垂れ流してるから安心して休むんだぞ」


  [なにも安心できない件]

  [兄、休んで]

  [心配で寝られないやつぅぅぅ]

  [誰か兄を止めてあげて⁉]


 悲鳴のような文字をスルーして、清巳は惚気を垂れ流しつつ、少しずつ上に上がりながら夜を過ごす。

 早朝。再び肌に強い違和感を覚えて中層一階まで上がった。寝てくれ休んでくれ、というお願いだけは見なかったことにしてダンジョンを散歩する。

 そんな生活を続けていた四日目の朝、清巳は日付と時間を確認して深くため息を吐きだした。肌の違和感を避けながら上へ上へとのぼってきて、今は上層六階である。


「……………………危険区域つっきれば地理的には移動できるんだよな」


  [ステイ]

  [だからそれはだめだって]


 届いた妹からのメッセージを確認して清巳は笑みを深めた。


「そっか、今日は焼き魚か。美味しそうな切り身だな。今日の俺の朝ご飯……乾パン以外で? 乾パン以外で……?」


 清巳は首を傾けた。魔法鞄の中を探って出てきた携帯食は乾パンのみ。


「一応栄養素を考慮していろいろ練り込まれてるんだけど……一回出るか」


 現在は朝六時。調査は九時からだ。一度帰って身支度を調えても時間に余裕はある。ダンジョンにいてもすることは同じだし、家に変えてもどうせすることはない。


  [やっと出る気になった!]

  [よかった……ダンジョン潜って三徹はあかんって]


 なに食わぬ顔で配信を止めて帰宅した清巳は、温度のない家に顔をしかめた。

 買ってきたパンをお腹に詰めてシャワーを浴びて着替える。

 会えると思ったから耐えられていたのだ。だが、調査への強制同行命令で会えなくなった。上はたったそれだけのことでと言うのだろう。いつだって、えらい奴はふんぞり返るだけで守ってはくれないのに。


 街は奈落に沈む。空気がおかしい、それだけでは確証には至れない。他の人からも同じような情報が上がれば違っただろう。だが、そうではない。たった一人の、確信ある一言で状況が覆るのは、よほどその人物への信用があるか、あるいは切羽詰まった時だけだ。

 事実、未だに避難指示は出ていない。

 七年前と同じならば生きては帰れない可能性が高い。だが、弟と妹が望んだ。命を賭けるには十分な理由だ。

 もし自分になにかあったとしても、二人が遠い都で生きていてくれるなら、それでいい。






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