「どういう意味……ですか?」
つとめて冷静にオレは質問する。
ここでうろたえてはいけない。この笑顔は危険だ。
「言葉のとおりです。貴方はエルリーアの人ではないですよね? と聞いたんです」
「私が」
「はい」
オレが口を開くと将軍は頷いた。
「私が住んでいた記録が見つからなかったということですかね。諜報部の方が調べたのかもしれないですが、私が住んでいたという記録がないと。たしかに戸籍などは燃えてしまったかもですが……」
「ルーク=クアルテッドという人物が住んでいたことはわかってます」
思わず「えっ」と声が出てしまった。
オレがエルリーアに住んでいたかどうかがわからないから調べようとしていたのではないのか。
「ただ、なぜ貴方が『ルーク=クアルテッド』を名乗っているのか、それがわからない」
エルネスト将軍は大げさに両手を広げてみせた。
これは、何かの確信をもって言ってるのではないだろうか。オレが偽者の『ルーク=クアルテッド』という確信をこの将軍は持っている。
そうオレが考えていることに気づいたのか、将軍はオレの顔を見て微笑んだ。
「なぜコイツは確信を持っているんだ? みたいに思われてます?」
「……え、いや」
「私もね、諜報活動をしていたことがあるんですよ」
諜報活動をしていた?
「そうなんですよ、ただエルネスト=オギューストなんて名前を使えないじゃないですか。一応、これでも『将軍』でしてね。だから、現地では偽名を使うわけです。エルリーアでもね」
頭が真っ白になりそうな感覚をギリギリの状態で保つ。
オレは、いまエルネスト将軍が何を言おうとしているのか予想できていた。しかし、そんな予想よりも早く考えなければいけないことがあることも気づいていた。いますぐここから逃げ出す必要がある。
「あら……」
ふいに女性の声がした。
声の方向を見ると、そこにはドレスを纏った女性が立っていた。サラだった。
「これは王女様」
将軍が頭を下げた。オレも頭を下げる。
なぜ、ここにサラがいる? この広い王城で偶然通りかかるなんてことがあるだろうか。
「お越しいただきありがとうございます」
その言葉でエルネスト将軍がサラを呼んだのだとわかった。
「いえ、なぜ私を……。ルークもいますが、これは何か……」
サラの後ろにいるのは侍女のルイゼだった。レイミではない。レイミがいれば三人で逃げることもできたのだが。
「いえね、ちょっとお話させていただきたいことがありまして。ルイゼさんは少し席を外してくれます?」
「かしこまりました」
ルイゼが一礼をして去っていく。
それを見届けてから、将軍はサラに微笑みかける。
「お久しぶりです。王女様」
そう言ったのはエルネスト将軍だった。
久しぶり? この二人は面識があったのか? そう思ってサラを見ると、サラはこの将軍が誰なのかわかっていないように、口をぽかんと開けていた。
「あの……失礼ですが、どこかで?」
「あ、覚えてらっしゃらないですよね。無理もないです」
と将軍はかきあげていた前髪を手櫛で降ろし始めた。そしてポケットから取り出した眼鏡をかけた。
「私もエルリーアにいたことがございまして」
「貴方は……」
サラの表情が青ざめていくのがわかった。
サラがオレの顔をちらりと見たのがわかった。焦っているのだろう。
「覚えてらっしゃったなら光栄でございます。エルリーアの王立図書館で勤務していたことがありまして……失礼ながら隠密での行動でしたが」
「まさか、そんな……貴方は」
「ルーク=クアルテッドと名乗らせていただいていました」
それはオレの予想していたとおりの名前であり、今のオレが名乗っている名前だった。