エルネスト将軍とどこを歩くのかと思うと、城内を歩くということだった。
城の中と言っても、普通の家が何十戸も入りそうな敷地があり、中庭や別棟もあり、簡単に歩きつくすことはできない。
いくつかある中庭のひとつを将軍とオレは歩いた。周りに何人か歩いているがこちらに気にも留めていない。
「所属されてから一ヶ月ほどですよね。どうです? 部隊は慣れました?」
「あー、そうですね。割と」
なぜか末端の兵士であるオレにまで将軍は丁寧な言葉遣いで、にこにこと微笑みながら話しかけてきた。軍事大国の将軍ならばもっと堅苦しかったり、威圧感でもありそうながら、肩透かしを感じるほどに柔らかな応対だった。
「アークブレッドに訪れたことはあったのですか?」
「いえ、一度も」
「そうですか。ご覧になってみていかがでした?」
オレはアジト以外にもいくつかの国や町を訪れたが、人口という意味ではこの国が今まで見た中で一番多い国だった。
「活気がある街っていう印象ですね。いままで訪れた街の中で」
「そうですね。人口はこの十年で1.2倍にもなっているそうです」
「だいぶ増えてますね」
「はい……国としても国民の安全を守るには食料などの生産率をあげる必要がありましてね、なかなか厳しいわけですよ」
「……将軍はこの国の経済事情を話したくてオレを呼び出したわけじゃないんですよね?」
探り探りの会話の時間が無駄に思えたので、オレは会話を止めた。将軍は目を細めて微笑む。
「そうですね。私も、化かし合いは苦手ですし」
嘘をつけ、と言いそうになるのを堪える。
「貴方は一体、何者ですか?」
急に単刀直入な質問になったな、と思った。
「何者……とは?」
「貴方は本当に王女の従者なのですか?」
「はい?」
この質問の意味はなんだ? こんな雑踏の中でする質問ではない。一体、この男は何を探ろうとしているのか、真意がわからなかった。しかし、ここで焦りを見せては怪しい者だと言っているようなものだ。
「私はエルリーア第一王女・サラの従者ですよ」
「へぇ……。それはいつからでしょう?」
ああ、そういうことか、とオレは思った。
オレが本当に王女の従者であるかを将軍自ら探っているということか。ならば、あまり
「もう三年ほどになります。母が宮仕えしていましたので私も取り立てていただきました」
「そうですか。王女の従者になるために何か学ばれたりなどはされたんですか?」
「エルリーアの歴史学は多く学びました。法学や財政管理や経済政策のための経済学なども」
「へぇ……歴史学ということは、ボランド学院などで?」
これはひっかけだ。それも相当、レベルの易しいひっかけだ。
オレが歴史学という言葉を用いたので、学院の名前を出したのだろう。たしかにボランド学院という歴史を学べる場所はあるが、それはエルリーアの学院ではない。隣国ルドリバーにある学院の名前だ。
「いや……私はクロノミー学院で歴史学を学びました」
先の戦争でクロノミー学院は灰となってしまった。数十年渡る歴史を持っていたそうだが、名簿はおそらくは消失してしまっただろう。
「そうですか……。いやぁ、我々の軍もまだまだのようです」
「どういう意味ですか?」
「エルリーアに忍び込ませていた諜報部は、王女にルークなんて従者がいたと誰一人として知らなかったんですよね」
エルリーアが同盟国と言えど、アークブレッドが安穏と構えているはずはない。何かしらの方法で人を忍ばせていたということは、ありえることだろう。予想できる範囲だ。
「ああ……私は裏側に潜む存在で、表立って何かしてたわけではないので」
「だとしても……クロノミー学院の卒業生なんですね。名門でいらっしゃる。さすが王女の従者です」
「そんなことはな……」
「実は」
「え?」
「卒業生名簿の複製を我々が入手できているので、ルークさんの成績とか調べることができちゃいますねぇ」
将軍は笑いながら言った。
名簿の複製、といま将軍は言ったのか。それは本当だろうか。こちらを動揺させる作戦なのかもしれない。しかし、名簿の複製が不可能かと言われればそんなことはないだろう。その真偽をこの会話で見つけ出すことは困難だ。
いまオレの「目」で見るこの将軍からは特に意志の揺らぎは感じられない。感情の波のようなものが感じられない。
「そんなものまであるんですね。あいにくと私は大した成績ではないですが」
「またまたご謙遜を。そう言われちゃうと逆に調べてみたくなりますね」
仮に、万が一として、アークブレッドがエルリーアにあった一つの学院の名簿を手に入れていたとしてもだ。それでも問題はない。
なぜならば、「ルーク=クアルテッド」は本当にエルリーアに存在した人物であり、クロノミー学院を卒業しているからだ。
この国で偽名を使うにあたり、サラの記憶を頼りに城内を出入りしていた人物の名前を可能な限り、洗い出した。その中の一人として存在していたのだ「ルーク=クアルテッド」だ。サラに近い存在ではなかったようだが、城内を出入りしていた王立図書館の書士だったという(サラが覚えていた)人物だ。
「貴方の戦闘における采配の能力」
将軍がぴたりと足を止めた。
「はい?」
「そして、いまのこの澱みなくできる会話能力、貴方は一体、何者なのですか?」
顔は笑ったままだ、しかしその笑顔にオレは背筋がぞくりとするものを感じた。
中庭の植物を揺らす風が急に冷たくなったように感じた。葉擦れの音が急に大きくなったような気がした。
将軍は微笑みを浮かべたまま言った。
「貴方、エルリーアの人ではないでしょう?」