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第3章

第24話

 第四十二部隊に入隊してから二週間が過ぎた。

 全く強くない部隊で、こんな部隊が天下の軍事大国・アークブレッドにもあるのだとそういう意味では勉強になった。

 何から何まで選良された人員が揃っているというわけではないらしい。


 この間の戦で、敵の部隊の人員配置が薄い部分を「目」で判断したオレは、第四十二部隊の人員をいくつかに振り分けて、元々示し合わせた時刻とほぼ同じときに炸裂弾を爆発させた。

 思った以上の混乱に敵は陥り、オレは敵の軍服を奪って、「アークブレッド正規軍が千人以上で取り囲んでいる」と吹聴して回った。あっという間に隊形も崩れたところに、リエル王子率いる本隊がやってきて、あとは放っておくだけで戦は終わった。


 盗賊として身につけてきたものが、正規の軍の中で役立っているというのも不思議な話だ。


*

「大変だ、ルーク!」


 兵舎でくつろいでいると、同じ第四十二部隊のシクスがやってきた。


「なんだ?」

「エルネスト将軍がオマエに会いたいって来られたらしいぞ!」

「エルネスト将軍?」


 その名前は知っている。

 アークブレッド正規軍の将校の中でも選りすぐりの十二の部隊には、それぞれ将軍と呼ばれる存在がいる。エルネスト将軍とやらは八番隊の隊長も兼ねた存在だったはずだ。


「将軍がなんでオレなんかに?」

「いやオレらもわからねーよ! こんな一般兵士の兵舎に将軍が来るなんて今までないし!」


 シクスの動揺を見ている限り、将軍はだいぶ神格化された存在らしい。大戦での活躍などがあるせいだろうが、一般兵から見れば天上人とも言うべき存在なのか。


「で、その後ろにいるのが将軍ということでいいのか?」


 オレがそう言うとシクスはゆっくりと後ろへと首だけを向けた。後ろに立つ人物を見てから「失礼しましたぁ!」と最後は声が裏返るほどの驚きを見せた。


「ああ、お気になさらずに。貴方は何も悪くないです。私が勝手にここに来ただけなのでね」


 どこかのんびりとした少し高めの声をした男が立っていた。

 さらりとした茶色の髪をした黒い軍服を着た男だった。大きな目はきらきらとしており、肌ツヤからも一見、十代の少年に見えなくもない。しかし、将軍というからには十代ということはないのだろう。


「やぁ、いま話してた君が、今回の戦で裏で大活躍したっていうルーク君でいいんですかね?」


 にこやかな笑顔でエルネスト将軍は話しかけてきた。


「そんな大げさな肩書きはないですが、私がルークです」


 オレはゆっくりと立ち上がり、一礼をする。礼儀は通しておくべきだろう、と考えた。


「謙遜しなくてもいいですよ。噂……じゃないか、すべて真実ですよね。この間の戦闘は君の作戦のおかげで勝てたということは」

「……作戦というほどのものではないです」

「そうなんですか?」

「あちこちで爆弾を爆発させただけです」


 そう言うとエルネスト将軍は声をあげて笑った。

 軍服と無念につけた階級章が「将軍」を意味する青い星を模したものでなければ、ただの若者、自分と同年代ぐらいに見える。これがアークブレッドの将軍の一人なのか?


「見くびらないでいただきたいですね。これでもちゃんと報告書を読んでから来たので」

「報告書……」


 報告書なんてものを誰が書いたのだろうか。オレはもちろん書いていない。第四十二部隊の隊長だろうか。


「まぁ、報告書のレベルとしては低いものでした」

「はぁ……」

「字は雑で、まとめ方もひどくて、正直読み気も起きない代物でしたけど、ルーク君がすごいってことだけはわかるものでしたよ」

「それはどうもありがとうございます」


「どんな逸材が入ったんだろうとこの目で確かめてみようと思って、来てみました」

「それはどうもありが……」

「ちょっと今から時間ありますか?」


 オレの言葉を遮り、エルネスト将軍が言った。

 時間? とオレがその言葉を考えている間、エルネスト将軍はただただニコニコと微笑んでいた。


「今日はこの後、弊社の食事の片づけが」


 兵舎の雑務は番号の多い四十番隊以降の部隊が週替わりで仕事をすることになっている。


「ああ、それは代理を立てましょう。貴方は別の機会に当番をこなしてください。私は忙しいのでいま貴方と話したいんです」


 口調は穏やかだが、進めようとしていることは自己中心的な強引な内容だった。自分が話したい相手と時間を作ったんだから、周りは働いてろってことなのか。


「話? それならここで」

「せっかくなので町の中を歩きましょう」

「は……?」

「亡国からいらして間もないのでしょう? 道案内も兼ねますよ……」


 顔は笑ったままだった。そう、笑ったままだった。


 しかし、オレはこのときエスネスト将軍の微笑みに僅かながらだが恐怖を感じた。やはり伊達に将軍ではないのか、微笑みの奥に冷たさのようなものがあるような気がした。


 リエル王子にでも聞いたのか、オレが亡国エルリーアから来たということは知っているらしい。「亡国」なんて言い方をしたのだから間違いないだろう。


「じゃ、シクスさんでしたっけ。彼の部分も働いてください」


 まだ呆然としているシクスにそう言うと、エルネスト将軍はオレを見た。


「さぁ、ちょっとばかりおでかけしますか」


 こっちに拒否権はないらしく、エルネスト将軍は顔に笑みを浮かべたまま手招きをしていた。オレは将軍の流れに乗せられているとは思いながらも立ち上がる(そもそも将軍を前にして座っていたこともよくないことかもしれないが)。


「じゃ、せっかくなんでしばらく外出します」


 オレがそう告げると「お、おう」とシクスは応えた。流れがわからないという顔だったがそれは仕方ない。オレだって何の意図が動いてこうなったのかわからない。わかるのは弊社の片づけ当番を一度ではあるがやらなくて済むということだけだ。

 オレはなんとも強引にエルネスト将軍に誘われて、外に出ることになった。

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