「オレはあいつを第四十二部隊に配属した」
リエル王子が言った。
「第四十二部隊……」
「一部の例外を除き、数の少ない部隊が優秀な部隊と思えばいい。第四十二部隊は、まともな将校もいない、雑魚どもの部隊だ。はっきりいって何も期待されていない。兵糧ひょうろうを運ぶための存在程度だ」
どの部隊も優秀な将校が必ずしもいるわけではない。アークブレッド国ほどの大国ならばそんなこともあるだろう。
「しかし、今回の最大の戦功を挙げたのは第四十二部隊だ」
「えっ……」
「簡単に言えば、相手の陣形の弱点を突く奇襲だ。十人程度で第四十二部隊の小隊が相手の百人以上の部隊を混乱させた。そこに我々の本隊が動き、敵は総崩れとなった。これまで第四十二部隊が戦功を挙げたなどオレは聞いたこともなかった。周りの将校たちも初めて聞いたと言っていた。その作戦を考えたのが、奴ルークだったらしい」
王子の説明を聞きながら、自分の頬が緩むのを堪えることに必死になった。
ルーク、つまりはリアムが戦功を挙げたという話が嬉しくないはずがない。ただ、王子の横で危機としているのもよくないのではと思った。
ちらりと隣を見ると、王子は城の下を歩く部隊を見ているままだった。
「平和ボケしているまで言われたエルリーアにあのような奴がいるとはな」
「ルークはあまり表に出てこない存在ですからね」
「そのようだな。我が国の情報網にも引っかかりもしていなかった。我が国の情報網も適当なものだ。各国に送りこむ人材を見直すべきかもしれん」
各国に送り込む人材、という言葉に少し引っかかるものがあったが、ある程度であればどこの国でもやっていることだろう。ただ、私はアークブレッドの者がどこにどういたのか気づいてもいなかった。
父や母は知っていたのだろうか。
いまはその問いかけすらすることができない。
ほんの少し前までこんな風になるなんて想像もしていなかった。いままで傍にいた人が誰もかれもいなくなり、私は異国の地でいまもこうして生きている。
多くの人を犠牲にしてこうして生きている。リアムは「生きろ」と言ったが私が成すべきことは何なのか。
「どうした? 浮かぬ顔だな」
リエル王子がこちらを見ていた。私はゆっくりと首を横に振る。
「事後とはいえ、戦の様子をみて故郷でも懐かしくなったか? あいにくと奴が活躍したところで、エルリーアは戻りはしない。オマエはオレがこの国の領土を広げるための存在だ」
「王子がこの国の領土を広げるための存在……」
「そうだ」
「私でよいのですか?」
「なに?」
「私のために多くの人たちが戦って命を散らしていきました。今日まで逃げ延びることができたのも、もはや数え切ることが出来ないほどの人たちの命の上に私は立っています」
かつて、リアムにも話した言葉をいまもう一度、リエル王子に私は話した。
「ふん。それで? 国民を慈しみ、国民を愛する王女の嘆きを見せてどうする? 同情でもされたいか」
「いえ」
「では、なんだ?」
「私は、呪われた存在だとお伝えしたいのです」
「呪いだと?」
「『エルリーアの秘宝』なんて存在のせいで、私が王女として生まれたせいで、私の周りの多くの人が倒れていきました。国さえも滅びました。そんな呪われた私を利用されようとされるなんてリエル王子もだいぶ変わった方ですね」
つとめて落ち着いて喋り、私は微笑んでみせた。
王子が私との距離をつめ、右手で私の顎に触れた。冷たい体温が伝わってくる。
「何を言うかと思えば……。呪いだと? 面白い。やってみるがいい。オマエ程度の呪いなどオレには通じない」
私の顎を少し引き上げながら、リエル王子は冷たく笑った。
「そうですか。呪いさえも受け入れてくれるというならば」
「ならば?」
「この私を花嫁候補ではなく、花嫁として娶っていただけるということですね。大変、光栄なことです」
私は王子の目を見ながら笑ってみせた。王子は少しだけ驚いたような顔を見せた。しかし、それは一瞬ですぐに笑みが戻った。
「……いいだろう。オマエの持つ呪いとやらオレが受け入れてみせよう。オレはそんな呪いすらも関係なく、アークブレッドの領土をさらに広げてみせる」
王子は声をあげて笑った。
「呪いすら受け入れるというのならば、ひとつお願いが」
「ほう……なんだ? 言ってみろ?」
「私の国が滅んだ後も生き延びている民たちが、この国に流れてきた際は優先的に受け入れるものとしてください」
「なに?」
「呪いを受け入れられる王子ならば、呪いの国の民すらたやすいでしょう?」
私の言葉に一瞬、王子は目を見開いた。が、またすぐに口元に笑みが戻る。
「浅はかで小賢しい姫もいたものだな。それこそが狙いか。これで、奴ルークやこれから現れるやもしれぬエルリーアの民を拒否すれば、オレは呪いとやらから逃げたことになると……」
考えた。
必死で考えた。
自分にいまできること、私が生き残ったからできること、それは何かと。
エルリーアから生き延びた人を受け入れることのできる器を用意すること、それは私ができることだ。リエル王子の権力ならばできることを私が『使う』んだ。
これが生き残った私にできることだ。
「最初に見たときは弱弱しい砂糖菓子の人形のような姫かと思っていたが思ったより楽しめそうだな」
王子は私の顔から手を離すとテラスから出て行った。
その後ろ姿が見えなくなってから、私は胸を撫でおろす。
「怖かったぁ……」
急に全身から汗が噴き出たような疲労感に襲われ、私はその場で少ししゃがみ込む。
私はテラスから城の下を歩くリアムの姿を見つけた。第四十二部隊とやらの人たちとだろうか。何やら話しているようだった。戦ではあったけれど特に怪我などをしている様子もない。自分の顔が綻んだような感覚があった。
リエル王子がエルリーアの民を保護するとするならば、おそらくこれでリアムのことも当分の間は追放などされないだろう。戦功を挙げているならば尚のことだろう。
「一緒に頑張ろうね」
届くはずのない声をリアムにかけて、私もまたテラスを後にした。