スザクが試合から帰って来て、ラゴの裏事情や今回この帝都ティルトル剣術祭に出場を決意した理由などを少し理解してから数分後、先程スザクがフィールド前に呼ばれた時と同じ放送が入った。
『では、後5分後に第3試合を行いますので、該当選手の方はこちらが用意した武器を選び、フィールド前のエリアに移動して下さい。』
「お、放送入ったな」
この大会、これだけバンバン連続で試合をするんだからすげぇよな。
確かにそれだけ試合時間が短いってのもあるが。
実際、今回初めて生でこの様な戦いを見て分かった事なのだが、漫画やアニメの様に長期的な戦いになるというのは稀な事なのだろう。
創作の世界の中では技を出して技を出してを何度もやり合い、それが長期に続いた末にどちらかが勝利する。これが基本だ。
しかし、俺たちのいる世界は異世界とはいえ現実、そんな簡単に力の拮抗が起きるはずも無く、少なくとも今日見た試合ではどちらかが片方を圧倒していた。
確かに試合は長い方が白熱するとは思うぜ?
ドラマってのはそういう時に出来るしな(バトルアニメの名シーンとかも、長く続いた戦いの果てに生まれるだろ?)
でもよ、一瞬で終わる戦いもそれはそれで、「圧倒的」って感じがして見ていて楽しいせ。
「よし、じゃあ次は私の番だな。」
放送を聞いたちなつはそう言うと、席から立ち上がり身体全体を伸ばす。
お、そっか次はこいつなのか。――って、ちょっとまてよ?てことはもう俺の試合はその次ってことか?
剣の部の中で一番最後の試合だからとずっと呑気に観客みたく楽しんでいたが……
やべぇ……緊張してきやがった……
「じゃあ頑張ってくるのよ!貴女の力で相手なんか吹き飛ばしちゃいなさい!」
「ちなつならきっと大丈夫だよ!」
「おう!ありがとな!」
2人の応援に笑顔で応えるちなつ。
その顔からはみさとの時と同じ様に緊張の色は一切感じられない。
だが、スザクの入場を見ていた時みさとは確かに言っていたじゃないか、「緊張しない訳ない」と。
確かにあいつは元アイドルだ。こういう舞台は慣れていて、スザク同様本当に緊張していない可能性も無くは無いが……
それでも、こうやって自分の試合の出番も近くなって自らも緊張を感じ出した今、俺はこのパーティーのリーダーとして――いや、ひとりの冒険者仲間として何か手助けをしたくなっていた。
「な、なぁ――」
「ん?なんだ?」
そこで俺は隣でミラボレア、レザリオと3人で談笑をしていたスザクにこう質問をした。
「この祭りのルール上、試合中にフィールド前のエリアにいる事は禁止だったりするのか?」
「え?いや、俺はそういう事はしてないからよく分からんが……良いんじゃないか?」
「そうか」
「なんだ?どうしたんだ?」
「いや――」
そこで俺は今考えていた事を3人に説明した。
まぁここまで来たら大体分かると思うが、語り部として一応説明しておくと、今回俺はちなつと共にフィールド前のエリアまで一緒に行き、1番近くで応援してやろうと思っているのだ。
ん?それならみんなで行けば良いじゃん?最初からそれしとけよ?
いや、俺だって今思い付いたんだし……それにこういうのはあえて俺だけ行った方がちなつから好感度アップだろ?
すると、それを聞いたスザクは、
「――なるほどな。それならもうちなつちゃん階段降りて行ったから急いで追いかけろ。」
って!?
俺はすぐに後ろを振り向く、するとスザクの言った通り、もう既にちなつの姿は無かった。
「やべぇ置いてかれるじゃねぇか!スザク!ありがとな!行ってくるぜ!」
「おう、頑張れよ」
「こういうのぉ、良いわねぇ」
「ヒューヒュー!!」
ん?なんだよミラボレアとレザリオの今の反応は?
ま、良いか。
俺はフィールド前のエリアに繋がる裏の階段の方へ走って行く。
すると、階段を降りる寸前に今度はみさとが俺に声を掛けてきた。
「って、ねぇとうま?もうちなつの試合が始まるって言うのにどこへ行こうとしてるの?」
「ん?ちょ、ちょっとな!!」
とにかく、今は急がないとちなつに置いて行かれるかもしれない。
みさととくりみはそんな俺の言い訳じみたセリフを聞いて何を思ったのか、レザリオと同じく「ヒューヒュー」などと言っていたが、とりあえず無視して階段を降りて行った。
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「はぁはぁ……ちなつ、お前階段降りるの速えぇな……」
「ん?――って、とうま?どうしたんだ?お前はまだ試合の時間じゃないぜ?」
そうして俺がやっとちなつに追い付けたのは、ちょうど階段を降り切り、フィールド前のエリアに着いた時だった。
いや、この階段1本だけで移動出来るのは絶対に道に迷わないから安心だが、ずっと平坦な道じゃないのは疲れるな……
俺に声を掛けられたちなつは振り返ると、「なぜこいつが今ここに?」そう言わんばかりの表情で首を傾げた。
ふっ、こいつ、分からねぇのか。
このリーダーとうまが直々に来てやったと言うのに。
「いや、別に俺は今から試合をしようとかそんな事は思ってねぇよ。なんなら次に控えてる俺の試合を欠場してぇくらいだ。」
「じゃあ尚更なんで来たんだよ?」
「そんなの決まってるだろ?今から戦うお前を応援するためだ。」
その瞬間、ちなつの頬がぽっと紅く染まった。
ちなつは恥じらうように両手を前でスリスリしながら俯き、こう言ってくる。
「わ、わざわざこんなところまで来なくたって……う、上で済ませておけば良かったじゃねぇかッ!!」
「いや、こういうのは本当の直前に言う方が良いだろ。」
まぁ……正直なところ上で言うタイミングを逃したってのもあるのだが。
しかし、どうやら今の一言は思いのほかちなつの心に刺さったらしく、更に頬を紅く染めると、しばらく黙ってから、なにかぶつぶつと呟き出した。
「……だから……して……」
「ん?なんつった?」
「だから……ハ……して」
「いや、だからなに言ってんだよ」
こいつどうしたんだ?さっきから頬も赤いし、モジモジしてるし、全然らしくねぇぞ。
もしかして熱でもあるのだろうか?それなら今すぐにでも出場を取り止めるべきだが。
しかし、どうやら違うらしい。
全くセリフを聞き取れない俺に呆れたのか、ちなつは覚悟を決めた様な顔になると、こう叫んだ。
「だから!!実はずっと緊張して怖くて怖くて仕方ないからハグしろよこのバカァァァ!!」
「……え?」
「えぇぇぇぇ!?!?」
いや、ちょ、ちょっとどういう展開だよこれ!?!?
まさかあれか?1番無さそうだった女の子が1番脈アリだった的なやつか?なんてエロゲだよこれ!!
「――ふぅ」
でもまぁ……い、言われたんだからしょうがねぇよな!!
やるしかねぇ!
俺は恥ずかしさ限界突破で身体を縮こめ、俯いているちなつにゆっくり近付くと、その身体を優しく包み込んだ。