「ステラ、少し残って貰えないかしら?」
祝いの席もそろそろお開きになるかという時、私は王太后様にそう言われた。
招待客を王太后様が見送ると、私と二人になる。
「少し場所を変えましょうか」
そう言う王太后様へ付いて行くと、彼女のサロンへと辿り着いた。
「さぁ、座って」
と促されゆったりとした長椅子に着席すると、侍女が直ぐ様お茶を用意してくれた。
王太后様が合図をすると、侍女も退出する。本当に私と二人きりだ。
内密の話があるのだと、私は思わず緊張してしまい、椅子に座り直した。
「そんなに畏まらなくて良いわ。……パトリシアの事よ」
やはり……。
「今、彼女はとても悪阻が酷くてね。食事もとれていないの」
と王太后様はそう言うと悲しそうに眉を下げた。
「でも……悪阻が始まっているという事は妊娠は……」
「ええ。貴女の言う通り、医師の見立てでは妊娠は継続しているだろうとの事だけど、あまりにやつれてしまって。このままでは、母子共に危ないかもしれないと」
私はその話を聞いて、思わず自分の口を両手で覆った。
つい声をあげてしまいそうになる。
「パトリシアもこのままでは良くないと分かっていて、無理にでも食事をとろうとしているのだけど、詰め込んだ所で全て吐いてしまって。余計に体力が落ちてしまっている状況なの」
「全く知りませんでした。誰かにパトリシア様の事を尋ねる訳にもいかず、かといって状況が掴めない内に見舞いに伺うのも…と躊躇しておりましたら、もう一ヶ月が」
「正直、今は誰とも会えるような状況ではないわ。やつれた自分を見せたくないと、ビクターの事も寝室に入れないと聞くから」
ビクターとは王太子殿下の事だ。
「パトリシアは……少し私に似てるのよ」
と王太后様は静かに話始めた。私も黙って話に耳を傾ける。
「私がアンプロ王国の王女であった事は貴女も知っているわね?」
「もちろんでございます」
「あの時分は、この国も戦争をして力を得ている時代だった。アンプロ王国はあまり大きな国ではなかったから、この国に従う外なかったの。
だからといって属国扱いされた訳ではないわ。この国のお陰でアンプロ王国は生き残れた……そう言っても過言ではないもの。じゃなきゃ他の国に攻め込まれてアンプロ王国は滅亡していたかもしれない」
私は黙って頷いた。
「そんな中、私はこの国の王太子に嫁ぐ事になった。私はその時十五歳。元々引っ込み思案だった私は、泣いて嫌がったのを覚えてるわ。
社交的ではない私には荷が重かったの。あの頃の事は思い出したくもない。失敗ばかりだったから」
と王太后様は少し微笑むと肩を竦めた。
「だから、パトリシアを他人とは思えなくて。彼女もあまり社交的ではないし……そして私もなかなか子宝には恵まれなかった」
と彼女は遠くを見た。
前国王陛下には側妃がお二人いた。しかし、どちらも子宝には恵まれなかった為、既に王宮からは去っている。
「私は最後まで前国王陛下……夫と心を通わせる事は出来なかったの。私が妊娠の兆しもなく嫁いで一年で一人目の側妃を。そして三年目には二人目を娶ったわ。でもどちらにも子が出来なかった」
……そこまで聞くと、前国王陛下に問題があったのではないかと考えるのが普通だ。
……え?もしかして?……嫌だ、聞きたくない!!今から聞く話が重大な……国家を揺るがすような秘密だったらどうしよう!?
「ステラ、貴女なんて顔をしてるの?
大丈夫よ。カルロスはちゃーんと前国王の血を継いでいるわ。安心してちょうだい。
私の身を案じた人が手紙をくれてね。不妊にはストレスも良くないからと。
きっと私がアンプロを想ってホームシックに陥っていると思ったのね。……ちょっと待ってて」
と王太后様は席を立つ。
私はその背中を見送って、そっと息を吐き出した。
良かった~!!!現国王陛下が『実は旦那の子じゃないの』なんて言う秘密の暴露じゃなくて、本当に良かった!
そんな秘密を知った日には、重すぎて沈む。いや、物理的にも海か湖に沈められそうだ。
背後を気にしながら生きていくのは辛すぎる。
暫くすると、王太后様は小さな額に入った絵を持ってきた。その絵のタッチはどこか見覚えがある。
王太后様が持つ絵画の額縁にしては……些か安っぽいが、彼女はそれを私に見せながら額縁の裏側をそっと開く。その絵の裏には古くなって少し黄ばんだ手紙が入っていた。
王太后様はその古くなった手紙を大事そうに封筒から取り出すと、私に渡した。
「……私が読んでもよろしいのですか?」
「ええ。あの絵を探しだしてくれたお礼よ」
と言って王太后様は微笑んだ。
私は慎重にその手紙を開く。
『リシュナへ
きっと泣き虫な君の事だから、祖国を懐かしんでいる頃だろう。
王妃になった君の為に僕が出来る事は余りにも少なくて申し訳ない。
僕の唯一の取り柄である絵を贈るよ。
これを見て少しでも元気になってくれる事を祈ってる。
君は大丈夫。君は神様からの贈り物だから。僕がそれを保証するよ。
……負けないでくれ。 愛してる。 ポール』
私は手紙の最後に書かれたサインに目を奪われた。……この字は……。
私が手紙から顔を上げると、それを愛しそうに見つめる王太后様と目が合った。
「貴女が考えている通り。その手紙の主の名前はポール・ダンカン。彼は私の……許婚だったの」
そう言った王太后様は少し寂しそうな顔をした。
「許婚……婚約者だった……と言う事ですね」
「彼は元々サーリセル公爵家の嫡男でね。私の嫁ぎ先の候補だったの。候補って言い方で分かる通り、公式な決定ではなかったけれど、私と彼は自分達が夫婦になれると…そう信じていたの。二人で誓ったのよ『共に生涯支え合っていこう』と」
そう言った王太后様はとても遠くを見ている様だった。
彼女の心はアンプロ王国の……この小さな絵に描かれた場所に未だ残されたままだったのだと私は嫌でも理解してしまった。