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e▒is▒de = null;▒// 世▒はき▒▒、僕▒を▒▒▒いる


 ゆっくり瞼を開けると、僕はベンチに座っていた。あの、全てのアトラクションがバグによって消失した遊園地の、敷地の中央にたった一つ残されたベンチに。


 長い夢から醒めたみたいに、頭がぼんやりとしている。


 僕の右手は、誰かの左手を掴んでいた。視線を上げてその相手の顔を見る。


「……白亜」


 白亜は眠るように目を閉じていた。でもその頬には涙の跡が残っている。


 胸の中にじわりと熱が生まれる。そうか、帰ってきてくれたんだな、白亜。


「……ん」


 白亜が目を開ける。少しだけ驚いたように小さく口を開け、辺りを見渡して、そして僕の顔を見た。


「……蒼くん」


「おかえり、白亜」


「……ただいま」


 そして彼女は正面を向き、大きなため息をついた。


「はあああぁ、そっか、戻ってきちゃったのか。あんなに覚悟も決意も決めてあっちに行ったっていうのに」


「そうだね」


「ホントに、これでよかったの? 手を繋いでるから分かるでしょ? 今も少しずつ世界の消失が進んでるよ」


「うん。だからあまりゆっくりはしていられないね。でも、最後だから、少しくらいは」


 柔らかな風が吹いて、白亜の髪をそよがせた。乱れた髪を右手で耳にかけ、彼女は僕に問う。


「……それで、一体どうするつもりなの? MOTHERには世界を終わらせるつもりはないって言ってたけど」


「うん、説明するよ」


 きっと僕の選択を知れば、君は拒否するんだろうな。そう思いながら、僕が選び取ったハッピーエンドを、穏やかな声で白亜に話す。


「バグの力で、僕と君を、この世界から消すんだ」


「えっ!」


 驚いた白亜が僕を見る。責めるような瞳がこちらに向けられる。


「そんなの……私、望んでない」


「そうだよね。僕と、世界を守るために、君は一人で犠牲になろうとしたんだもんな」


「それに、プロテクトのせいで私は自分を終わらせることはできないって、蒼くんも知ってるよね?」


「うん。順番に話すよ。まず、君が守ろうとしてくれた僕を消すことについてだけど……僕は以前、ハクアのバグの力を使って、意図して人を消したんだ。三人もね。その時は考えもしなかったけど、僕に消された三人にだって、家族や友人や、大切な人がいて、僕はその人達から、一方的に繋がりを奪ったんだ。それって、殺人と変わらない」


「でも、それは……」


「相手の行動や性格に問題があったとしても、殺人が正当化されるわけじゃない。バグの影響でみんな気付いていないだけで、本来なら僕は裁かれるべき人間なんだ。だから、君が永遠の凍結を選んでまで守るような存在じゃない」


 白亜は泣き出しそうな表情で僕を睨む。


「それにね、僕は、あのMOTHERの秘匿領域に行く前に、母に訊いたんだよ。MOTHERがいくつもの平行世界を運用しているのなら、僕と白亜が、二人で幸せに生きている世界もあるのかって」


 何かに気付いたように、白亜が息を呑んだ。


「……あるの?」


「うん、あるんだ。僕たちには観測のしようもないけど、MOTHERはその世界も見ている。そこでは君のお父さんもいい人で、君の頬の傷もなくて、僕たちは仲の良い恋人で、同じ高校に通ってる」


「そう、なんだ」


「僕は、僕たちの幸せを、その世界の僕たちに託したい。そのために、デマイズはこの世界の中だけで終わらせる必要がある。かといって君をあんな場所に永遠に閉じ込め続けるわけにもいかない。……だから、勝手に決めて悪いけど、二人で、一緒に、消えよう」


 白亜はうつむき、何かを考えるようにしばらく黙り込んだ。


「……私はもともと死んじゃってる存在だから、消えるのは、いいよ。でも、蒼くんは……本当に、いいの?」


「うん、いいんだ。僕も、白亜のいない世界なんて意味がないって、ずっと思ってたから。白亜と一緒に消えて、別の世界の幸せな僕たちも守れるなんて、最高じゃないか」


「ううう、また照れるようなセリフをサラっと言うなぁ……。あ、でも、宮野さんは、どうするの?」


 胸の奥に小さな痛みが生じた。頭の中にある僕のもう一つの人生の記憶では、宮野が僕の恋人だった。


「僕が消えれば、宮野の記憶からも僕は消えるんだろう?」


「う、うん」


「なら、大丈夫だ。宮野は強い人だから。きっと、幸せになってくれるよ」


「そっか……。じゃあ次、プロテクトの問題はどうするの? 蒼くんが消えて、私だけ残ったら意味ないよ」


「うん、それも母に確認した。デマイズは消失対象の『関係性』も消し去る。消えた人や物の記憶とか、その存在を前提にした事象とかね」


 高校の担任が消えたことを、クラスの誰も気付かなかった。放火魔が起こした炎を消した時、焦げ跡も一緒に消えていた。


「それにデマイズは、『接触』による影響の伝搬が確認されてる。こうして君と手を繋いでることでMOTHER関連の記憶が消えないこととか、バグによる消失を認識できるとかそういうもの。それで、関係性の強い僕らが強く接触している状態で、僕ら二人を消去の対象にするんだ。世界の管理者であるMOTHERが言ったことだから、間違いないだろう」


 白亜が小さく首を傾げた。


「うーん、大体分かったけど、強く接触している状態、ってどんな感じ? ぎゅって手を繋ぐのかな」


「いや、システムが一つの存在だと誤認するくらいの、もっと人体の内側に近いところでの接合が必要みたいだよ。具体的には、粘膜同士の接触。つまり、キスだね」


「え」


 目を丸くした白亜の顔がみるみる赤くなっていくのがおもしろい。


「ええええええええっ!?」


 本当は、母から提案されていたもう一つの深い身体接触の方法があるけれど、これは黙っていた方がよさそうだ。キスでこの動揺なら、白亜が卒倒してしまう。


「つ、つまり、蒼くんと私がキ、キスをしてる時なら、バグの私も一緒に消せるって、こと?」


「そういうことみたいだよ」


 髪で顔を隠すようにうつむく白亜は耳まで赤くなっている。


「ちょ、ちょっと、待ってね、心の準備をするから」


「うん」


 深呼吸を何度か繰り返し、白亜の心の準備は済んだらしい。最後に少しお話しをしよう、と彼女が提案した。


「この遊園地、ただの空き地になっちゃったね。想い出の場所なのに、悪いことしたなぁ……」


「でも、また新しく遊園地が造られるらしいよ。クラスの人が話してた」


「え、そうなんだ。それならよかった」


 少し寂しげに微笑んで、白亜はゆっくりと息を吐き出す。


「はあ、これで、今度こそ、この世界ともさよならだね」


「そうだね……」


 白亜と二人で消えることができるなら、このさよならに怖さも未練も感じない。ふと、以前本で読んだあることを思い出し、白亜に話す。


「『さよなら』って英語でなんていうか知ってる?」


「それくらい知ってるよう。グッドバイ、でしょ?」


「そう、Good-bye。じゃあそのGood-byeの語源は知ってる?」


「え、知らない。なに?」


「God be with you、つまり、『神があなたと共にありますように』ってことなんだって」


「へえー、別れの時に相手の幸福を祈るなんて、なんだか素敵だね」


「うん、僕もそう思う」


 MOTHERは神ではないけれど、世界や、そこに住む命を愛し、時に手助けもしてくれる存在は、神様みたいなものだろう。僕らはこの世界とさよならするけれど、他の無数の平行世界にMOTHERが共にありますようにと、そっと願った。Good-bye World。God be with World、だ。


「……私ね、この世界に絶望して、自分で自分の命を終わらせる時、蒼くんの記憶の中で自分が生き続けられればいい、って思ったんだ」


「……そうなのか」


「それが蒼くんを苦しめるかもしれない、と思った。私が死ぬことで、癒えない心の傷に、呪いになっちゃうかもって。でも、傷になってでも、忘れないでいてほしかった。私の、醜いエゴだよ」


 繋いでいる手を、白亜は強く握った。僕も同じくらいの想いの強さで握り返す。


「でも、こうしてバグになっても、また蒼くんに会えて、お母さんとも話せて、世界の真実とか、MOTHERの苦しさや優しさ、世界が私たちを愛してくれてるって知れて、本当に良かったって思ってる。だから、蒼くん、迎えに来てくれて、連れ戻してくれて……私を、好きでいてくれて……ありがとう」


「うん。こちらこそ、僕の隣に戻ってきてくれて、ありがとう」


 白亜は僕に顔を近付け、静かに目を閉じた。繋いだ手は離さずに、僕は左手で彼女の髪を撫で、頬に触れ、そして唇を重ねた。


 彼女の目元から涙が流れ、僕の頬に触れる。それは悲しみによる冷たい涙ではなく、温かく優しい温度だった。


 MOTHER、見ていてくれ、別の世界で僕たちは、きっと幸せに生きていくから。自分を終わらせたいなんて、もう思わせないくらいに。


 視界が黒く閉ざ▒れる。思考ロジック▒解体さ▒ていくのを感▒る。最期が君の隣▒よかった▒



 さよ▒ら、世界。


 不完全で▒不器用な、でも誰より▒君を愛する優し▒MOTHERが、ず▒と君と共に、ありますよ▒に▒▒▒▒▒▒


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