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Integer epilogue = ∞; // 世界はきっと、僕らを愛している


 夏休みも間近に迫る土曜日の遊園地は盛況で、決して広いとは言えない敷地の中、多くの家族連れやカップル達が行き交っている。僕はその様子を、入り口に立って一人で眺めていた。頭上のゲートには、ポップなカラーの看板に丸い文字で「もりの遊園地」と書かれている。


「よう、如月ぃ」


 名前を呼ばれて振り向くと、クラスメイトの袴田がヒラヒラと手を振って歩いて来るところだった。その隣には、同じくクラスメイトの宮野さんもいる。


「如月くん、おはよう!」


 宮野さんもにこやかな笑みで手を上げ、僕に挨拶をした。


「おはよう、袴田、宮野さん、遅かったね」


「お前が早すぎんだろうがー! 今待ち合わせ時間ジャストだろ?」


 袴田の言葉を受け、スマホの時計を確認したら、確かに待ち合わせの十一時ちょうどだった。


「ああ、ホントだ」


「三十分前に如月くんから『着いたよ』のラインが来て焦ったよね」


 宮野も苦笑いしながらそう言った。


「な! オレらこれから電車乗るって時だったぜ」


「あはは、ここに来るのも久しぶりだから、楽しみで早く着いちゃったよ」


「あ、如月くん、ここ来たことあるんだっけ?」


「そうだね、でももう、四年半前くらいかな」


 僕の話を聞いて、納得したように袴田がうなずく。


「ああ、それでか。テスト終わりの打ち上げに遊園地行こうってお前が提案した時は、この辺に遊園地があるってことすらオレは知らなかったぞ」


「ちょっと調べたんだけど、ちっちゃくてかわいい遊園地だよね! あたしあれに乗りたい、上下しながら高速でグルグル回るやつ!」


 宮野さんが楽しそうな表情で言った。反対に袴田は顔をしかめる。


「げー、オレああいうの苦手だわ。気持ち悪くなるんだよな」


「ええー、情けないなぁ。今後のために鍛えてあげるから付き合ってもらうよ。あたしのこと好きなんでしょ?」


「ぐっ、今それ言うかよ……」


 袴田と宮野さんは中学時代からの同級生で、以前から彼は宮野さんの強気な人柄に惹かれていたそうだ。先月、袴田の熱烈なアプローチが実って、二人は恋人として付き合うことになった。友人として彼から恋愛相談を受けていた僕も、肩の荷が下りた気分だ。


「ところで、もう一人はどうしたんだ?」


 慌てて話題を変えた袴田の言葉に、僕は後ろを振り向いてその姿を探す。


「二人が来る前にトイレに行くって言ってたけど……そろそろ来るんじゃないかな」


 予想通り、人の流れの中に白亜の小柄な姿を見つけた。彼女も僕らを見つけ、ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。


「咲良、袴田くん、おはよう! ごめんね、待たせちゃった?」


「おはよう、白亜。ちょうどあたしたちも今来たところなんだ」


「じゃあ、さっそく行こう! 人気のアトラクションはもう列が出来てたよ!」


 興奮気味に言った白亜は僕の手を握り、足早に歩き出す。


「待って白亜、袴田たちもフリーパス買わないと」


「あ、そうか。私たちはもう買ってあるから、早く、袴田くん!」


「分かった分かった、ちょっと待ってな」


「なんなら、白亜と如月くん二人で先に遊んでてもいいんだよ?」


 宮野さんの提案に、白亜はふるふると首を横に振った。


「今日は四人で遊ぶっていう約束だから、みんなと一緒がいいの。それに、友達と一緒にここに来るってのも、私の夢の一つだったんだから」


「ふふ、そっか、じゃあ待っててね」


 フリーパスを買いに行く二人を眺めながら、白亜は僕の横で、僕の手を握ったまま、待ちきれないみたいにそわそわとしている。早く遊びに行きたくてしょうがないようなその様子がかわいくて、胸の中が温かくなる。


 ふと、ここ数日考えていたことを、白亜に訊いてみたくなった。


「ねえ、白亜は、この世界に神様っていると思う?」


「え、蒼くん、どうしたの急に」


「いや、なんとなく、気になって」


 うーん、と白亜はうなってから答える。


「分からないけど、もしいたとしても、きっと全知全能のすっごい存在とかじゃないんだろうなって思うよ。だってそうなら、世界には一つも悲しいことなんて起こらないだろうし」


「うん」


「でも、人類を滅ぼすぞっていうような厳しくて怖い存在でもないと思う。私いま、すっごく楽しくて、幸せだし」


「ははっ、そっか」


「だから、もし神様がいるとしたら、何でもできるわけじゃないけど、優しくて、遠くからそっと見守ってくれてるような……お母さんみたいな存在かなあ」


「なるほど、お母さん、か。その考え、素敵だね」


 白亜の母親は、彼女が小さい頃に亡くなった。僕の母は、僕が物心つく頃にはもういなかった。だから僕たちは母親という存在について、他の人よりは詳しくない。けれど白亜が言ったその感覚は、僕の心にもすんなりとフィットした。


 一つ優しい風が吹いて、僕らの肌を気持ちよく撫でていった。それが誰かからのメッセージのように、僕は感じた。


「あ、買えたみたいだよ、行こ!」


 チケット売り場の前で、袴田と宮野さんの二人が、腕に巻いたバンドタイプのフリーパスをこちらに見せつけるようにして笑っている。再度白亜に手を引かれ、僕も歩き出した。歩きながら白亜は僕の方を振り向いて、楽しそうに話す。


「私ね、今日の日をずーっと楽しみにしてたんだ! なんでか分からないけど、テストが終わって打ち上げの約束する前から、高校で咲良や袴田くんと友達になる前から、いつかこんな日が来たらいいなって、ずっと楽しみに思ってたような気がする」


「そっか、じゃあ今日は、めいっぱい遊ぼう」


「うん! 最初はあのサイクルモノレールに行こう! 観覧車にも何回か乗りたいな! フリーパスってすごいね!」


 歩きながら、空を見上げた。晴れ渡る夏空は澄んだ紺碧を広げ、柔らかな雲を浮かべている。


 この世界は完璧ではなくて、時折深い悲しみで僕らを試そうとする。けれど、こうして白亜と一緒にいられるなら、この先も、未来を信じて生きていける。


 今の幸せを噛み締めながら、なぜかふと、こんなことを思った。


 ――世界はきっと、僕らを愛している。


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