みんながわいわいしているところに、
やがて
そこで阮咸が持ち出したのは、
いわゆる杯、ではない。
カメ、壺。
そう呼びたくなる代物だ。
そこになみなみと酒をつがれ、
車座の中で、グイッと飲み干す。
そこにふらりと来たものがあった。
豚だ。
宴会の匂いに釣られてきたらしい。
阮氏の皆さん、豚を迎え入れる。
そして、一緒に酒を飲むのだった。
そんな感じで、なんだかんだ
仲のいい阮氏の皆さんではあったが、
その振る舞いにも、いろいろと
秘められたところがあったようだ。
その雰囲気や振る舞いは
非常に父親そっくりであり、
そして父親のように
放埓に振る舞いたい、
とも考えていた。
が、阮籍は言う。
「お前が望んでいるところには、
もう阮咸がいる。
君に居場所はないよ」
諸阮皆能飲酒,仲容至宗人閒共集,不復用常桮斟酌,以大甕盛酒,圍坐,相向大酌。時有群豬來飲,直接去上,便共飲之。
諸阮は皆な飲酒を能くし、仲容に至りては宗人の閒に共に集まれるに、復た常なる桮にて斟酌せず、大甕を以て酒を盛り、圍に坐し、相い向かいて大いに酌す。時に群豬の來たりて飲める有らば、直に接去して上げ、便ち共に之を飲む。
(任誕12)
阮渾長成,風氣韻度似父,亦欲作達。步兵曰:「仲容已預之,卿不得復爾。」
阮渾の長成せるに、風氣や韻度は父に似たらば、亦た達せるを作さんと欲す。步兵は曰く:「仲容の已に之に預らば、卿は復た爾れるを得ず」と。
(任誕13)
群豬
豚が合流したって話、えづら的にはめっちゃ面白くて好きなんだけど、理性が俺に「いやこれ
阮渾
井波氏の説によると、阮籍の放埓な振る舞いは飽くまで現政権への拒否という側面があったのだが、息子はその部分にまで立ち入らず、あくまでただ放埓に振る舞いたいだけだったのではないか、とのことである。この辺は阮籍の詠懐詩とセットで読み込むことによって全くいろどりが変わってくるんでしょうなあ。とりあえず文選収録ぶんだけでも読んでおくか。
つうか今見たら阮籍、息子への呼び名が汝じゃなくて卿なのか。なんだこの人の距離感。こええ。