パパに似て、ちょう美形。
ある時王恬、時節の挨拶をしに、
パパの元に出向いた。
すると王導パパ、
ぽん、と王恬の肩を叩く。
「お前に、もうちょっと才能があればなあ」
いやいやパパさん、
王恬さんの評判、
かなりパパ譲りだって
評判なんですけどね?
だって簡文さまからも
「そなたのあざなは
そのはつらつとした才気を見るに、
相応しいのではないかね?」
って言われてるしね。
王敬豫有美形。問訊王公、王公撫其肩曰:「阿奴恨才不稱。」又云:「敬豫事事、似王公。」
王敬豫には美形有り。王公に問訊せるに、王公は其の肩を撫して曰く「阿奴、恨むらくは才の稱わざるなり」と。又た云えらく「敬豫の事事、王公に似たり」と。
(容止25)
簡文目敬豫為:「朗豫。」
簡文は敬豫を目し「朗豫」と為す。
(賞譽106)
世説新語を読んでいて思うのは、とにかくこの王導っておっさんが全然君子じゃねえってこと。そして多分、その気性をいちばん色濃く受け継いでたのはこの王恬だったんじゃなかろうかって思うのだ。つまり近親憎悪。ほんと困ったもんだなこのオッサン。
ちなみに偶然なのか、王導さまが封じられていた爵位は、劉宋の頃にはこの王恬の孫(