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第16話 魔物

「足手纏いにならないと約束しますから、どうか私も連れて行ってください!」


 私の申し出にルークは一言「ダメだ」と無表情で返して来る。


 見るとルークの獣耳が逆立っているように見える。顔は平静を装っているが、かなり動揺しているように見えた。余程予想外の出来事だったらしい。


「どうして⁉」


「馬鹿なことを言うな。魔物が現れたのだ。ミアには危険だぞ⁉」


「いざとなれば聖女の力で自分の身は守れます。だからお願い。この国のことをよく知る為にも何か手伝わせてほしいの」


 私はルークが何と言おうとも引き下がるつもりはなかった。今までの私は姫と聖女の肩書だけで守られてきた存在だ。ルークに恩を返す為にも、私をこの国に住まう獣人の皆に認めてもらう為にも危険は承知だ。


 もう守られるだけの存在にはなりたくない。聖女の力に目覚めた以上、私は誰かを守る存在になりたいんだ。


「ルーク、お願い!」


 私はそう言って首を垂れる。


 周囲からざわついた声が聞こえてくると同時に、ルークが深く嘆息する音が聞こえて来た。


 すると、ふわり、と私の身体に何かが覆いかぶさった。見ると、それはルークが身に纏っていた黒色のローブだった。


「これを被り聖女であることは伏せておいてくれ。それが条件だ」


「ええ、分かったわ」


 そう言って私は目深にローブを被った。


「ベル、村を襲っている魔物の規模はどれくらいだ?」


「城に報せを運んできた村人によれば多くとも3体とのことです」


「ならばオレとミアで先行し対処する。ベルは兵を引き連れ後から来てくれ!」


「それは危険です! 私もご一緒に……!」


「残念ながらこの転移門の魔法は二人しか使えんのだ。それはお前も知っているだろう?」


 そう言うと、ルークは私を引き寄せた。


「ミア、覚悟はいいか?」


「ええ、もちろんよ! 怪我人の治療は私に任せて!」


「フッ、頼りにしているぞ、オレの可愛い聖女様」


 ルークの笑顔に耐性は出来たけれども、不意打ちのように囁きかけて来る甘い言葉には抵抗する術が無かった。私は一瞬で顔がボッと赤くなる感覚を味わった。


 私は赤くなった顔を隠す様に更にローブを目深に被る。


「転移門よ、我の望む地へいざないたまえ」


 ルークがそう呟いた瞬間、私達は門の中に吸い込まれた。たちまち周囲が暗闇に包まれたかと思うと、一瞬で私達は外に出ていた。


「到着したぞ」


「この魔法って、私を救い出してくれた時にも使っていたやつだよね?」


「転移門という。魔力の消費が激し過ぎて多用は出来ぬが、一度行ったことのある場所なら転移することが可能だ」


「便利な魔法ね」


 あれ? 一度行ったことがある場所なら使うことが出来る? それってルークは一度、私の国に来たことがあるってことなのかな?


「ミア、呆けている暇はないぞ。村に火の手が上がっている。すぐに戦闘になるから覚悟をしておけ!」


「わ、分かったわ!」


 考えるのは後よ。今は村を救うことが先決。

 ルークが走り出すと、私も彼の後を追いかける。村にはすぐに到着した。


 そこは私の国でもよく見かけるような農村の風景が広がっていた。ただ、今は魔物に襲われ混乱の坩堝の中にあった。怪我をした獣人の村人達が大勢地面に倒れている。女性や子供達の泣き叫ぶ声が聞こえていた。


「なんて酷い状況……」


 すると、そこに老いた獣人を筆頭に複数人の獣人達がルークの元に駆け寄って来る。


「ルーク様⁉ よくぞ来てくださいました!」


 彼等は祈るように手を合わせると、ルークの前に膝をつき首を垂れた。


「村長、皆無事か⁉」


「重軽傷者は多数出ておりますが、幸いにも死者はまだ出ておりません」


「そうか、して、今の状況はどうなっている?」


「大半の村人達は教会に避難しましたが、まだ何人か魔物出現場所に取り残されております!」


 村長の顔が悲痛に歪む。彼等も魔物と戦ったのか全身血だらけだった。


「ならば後はオレに任せろ。ミア、お前は村人達の治療に当たってくれ」


「いえ、私もついて行きます。戦いは無理でも何かお手伝いが出来るはずですから……!」


「ミア、オレの指示に従ってくれ。お前はお前の出来ることに全力を尽くすのだ」


「なら、こうします……!」


 私は全身に神聖魔力を漲らせた。聖女の力に覚醒する前では絶対に出来ない高位神聖魔法がある。それは一瞬で複数人の怪我を癒す回復魔法。


「エリア・ヒール!」


 私の神聖魔力の波動が放たれると、傷ついた村人達全てを覆い包む。その余波は教会に逃げ込んだ者達にも伝わったはず。


 周囲の獣人達が柑子色のオーラに包み込まれると、驚いた声を上げながら次々と立ち上がった。


 これでよし。上手く魔法が発動したようだし彼等の怪我は完治したはずよ。


 私が得意げに鼻息を荒らげると、突然、ルークに首根っこを掴まれ胸元に引き寄せられた。


「ミア! あれほど正体は隠しておけと言っておいただろうに!」


 ルークは苛立ちではなく、呆れ果てた声色で小さくそう言った。


 そう言われて私は自分の迂闊さに気付くも後悔は微塵も感じなかった。


「ごめんなさい、ついうっかり。でも、これで皆の傷は癒えたはずよ」


「オレの聖女様はうっかりにも程がある。だが、礼を言おう。オレの民を救ってくれて感謝する」


「お礼はいいわ。さあ、逃げ遅れた村人を救いに行きましょう!」


「ああ、オレから離れるなよ、ミア」


 そうして私達は村の奥に進んだ。


 周囲に人の気配はしない。逃げ遅れた村人は何処に隠れているんだろうか?


 その時、私は禍々しい気配を肌に感じる。


「ミア、オレの後ろに隠れていろ」


 ルークに言われるがまま、私は彼の後ろに回った。


 前方の闇から足を引きずるような音が響いてきた。


 私はルークの背中から前方を覗き込む。すると、不気味に蠢く人影が現れた。


 それを見た瞬間、私は目を見張った。何故なら、そこに現れたのは瘴気に包まれた獣人だったからだ。


「ルーク、あれは何なの⁉」


 本能が危険を察知した。アレは決して存在していていいものではない。触れてはならない、と。


「ミアは見たことがないか。あれが魔物だ。瘴気から生み出された絶望と死の集合体。オレ達と似た姿をしているのは恐怖を煽っているのか、ただの嫌がらせなのかは知らん。だが、恐ろしく強く厄介な存在ということだけは確かだ!」


 ルークはそう言うと身構える。両手に魔力を漲らせ、漆黒の魔素が両手を覆った。


「轟雷!」


 次の瞬間、ルークの両手から凄まじい雷撃が魔物に襲い掛かった。


 爆発音が轟くと、魔物の身体は砕け散り霧散する。


「やったわ⁉」


「いいや、まだだ」


 すると、黒いモヤが蠢き始めると、それらは一か所に集まり人の形になった。そして、再び元の姿に戻り唸り声を発し始めた。


「復活したの⁉ いや、それとは違うような……?」


「奴らは瘴気の集合体。オレの闇魔法では一時的に撃退は出来ても完全に消滅させることは出来ないのだ」


「何ですって⁉ それじゃどうしようもないじゃない⁉」


「だからこうやって再生出来なくなるまで叩き潰した後は、村に侵入出来ないよう魔物を退かせる効果がある魔石灯を灯すしか術がない。だが、たまに瘴気濃度の濃い魔物には魔石灯が通じないことがあるんだ」


 何て酷い話。これじゃあ、この国は常に魔物の脅威にさらされ続けているということじゃない。


 その時、私は前方に人影を見つける。


 建物の陰で怯えた子供姿を見つけたのだ。


「いけない!」


 私は咄嗟に子供に向かって飛び出した。


 その時、魔物の咆哮が轟き、私に影が覆いかぶさった。

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