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第15話 敵意

 あんなに可愛らしい兎のメイドさんに怯えられていることを知った私はへこんだ。ニーノに裏切られた次くらいには気分が落ち込んでしまっただろうか?


 私達の国でも獣人は恐れられていた。なら。彼等も人間を恐れているとどうして想像できなかったんだろうか? 迂闊な自分にため息が洩れてしまった。


「早く着替えないと」


 見ると、私は囚人服を着たまま眠ってしまったらしい。そう言えば、私、どうやってこの部屋まで来たのだろうか?


 私は昨日、安堵のあまり深い睡魔に誘われ、そのまま瞼を閉じてしまった。最後に残っているのはルークにお姫様抱っこをしてもらっている記憶。つまり、私はあのままルークに抱かれたままこの部屋に連れて来られてベッドに寝かしつけられたことになる、のよね?


 恥ずかしさと申し訳なさで胸が一杯になってしまった。私ったらどこまでルークに迷惑をかけ続けるんだろうか?


 何か恩返しをしなければならない。でも、何も無い私にはその術がなかった。


「頑張って働いて恩返しをしなきゃ!」


 私はそう意気込み、まずは着替えることにした。


 先程渡された服を手に取ってみる。すると、それを見て私は思わず目を見開いてしまった。


 それは白いドレスだった。白百合の紋様が刻まれた聖女のドレスである。神聖魔力が込められた魔法繊維製での特別仕様だ。これは私の故国、神聖ライセ王国独自の製法で他国にこの技術は渡っていないはず。ことこの夜の国に聖女のドレスが作れるとは到底思えなかった。


「いや、違う。手入れはされているけれども、これは相当古いものね。むしろ、現代の製法より精度が高いわ」


 ドレスから放たれる神聖魔力は以前、私が着ていたものとは明らかに格が違っていた。宝物庫に伝説の聖女ランが着ていた聖女のドレスが国宝として納められているのを見たことがあるが、それに匹敵するものだと瞬時に分かった。


「どうしてこんなものが夜の国にあるの?」


 ともかく私は聖女のドレスに袖を通す。

 着た瞬間、神聖魔力が噴き上がり、それは私の身体の中に吸い込まれた。微かに魔力の膜が全身を覆っているのが分かる。私がおさまれ、と念じると魔力の膜は消えた。目に見えないだけで聖女のドレスからは防護魔法の気配がしている。


 聖女のドレスはあつらえたかのように私にピッタリだった。以前の持ち主も私と似たような体型だったんだろうか?


「ルークに訊ねることがまた増えちゃったな」


 私はそう言って部屋のドアを開けた。


 部屋の外には先程の兎のメイドさんが控えていた。やっぱり怯えの色は取れていないようだ。私を見るなり慌てた様子で頭を垂れて来る。


「ご、ご案内いたします……!」


 私はそう促され、兎のメイドさんの後をついて歩き始める。


 途中、出会ったメイドさん達は私を見るなり慌てた様子で壁際まで下がると頭を垂れて道を譲ってくれる。しかし、彼女達からは明らかな拒絶の意志が見て取れた。


 ここは何も反応せずルークの元に向かう方が良いと判断し、私は何も口を開かなかった。


 しかし、目的地に向かう最中、再び窓の光景が目に入り、思わず前を歩く兎のメイドさんに訊ねた。


「ねえ、メイドさん? なんだか外が薄暗いけど今日は天気が悪いの?」


「いえ、夜の国はいつもこうです」


 彼女は振り返らずに淡々とそう返して来ると一方的に会話を打ち切った。


 気まずい空気が流れる。


「そう、なの」


 私は話しかけることが出来なくなり、それ以上会話は発展することもなく、目的地にはすぐに到着した。


「こちらです」


 兎のメイドさんに案内され、私はダイニングルームに案内される。


 中は広々としていて、壁際には石像や装飾品が飾られているが実に質素な内装だった。


 部屋の中央には奥に長いテーブルが置かれていて、そこにルークの姿が見えた。


 ルークは私を見つけるなり笑顔を浮かべながら立ち上がる。


「ミア、おはよう。昨日はよく眠れたか?」


「ええ、おかげさまでよく眠れたわ」


「そうか。それは何よりだ」


 ルークはそう言うと、私を自分の席に隣までエスコートしてくる。自ら椅子を引き座るように促して来る。


 私はありがとう、と礼を述べながら席に着く。


〈魔王なのにすごく紳士的なのね〉


 ふう、とルークの紳士的な振る舞いに思わず感嘆の吐息が洩れた。


「さあ、朝食にしようか」


 ルークが席に着くと、それを合図に大勢のメイドさん達が料理を運んでくる。


 魔王の食卓にはどんな豪勢な料理が並ぶのかしら?


 豚の丸焼きとか巨大魚のソテー。とにかく豪快な料理を想像する。


 しかし、運ばれてきた料理を見て私は目を丸めてしまった。


 パンに具の少ないスープ。スクランブルエッグに野菜が添えられただけのメインディッシュ。


〈意外だわ。あまりにも質素過ぎる。魔王の食卓というから血が滴り落ちる動物の丸焼きがでるかと覚悟していたのに〉


 正直、いきなりそんな料理を出されても食べられる自信はない。というか、メニュー自体はいつも私が朝食にいただいているものと差異はなくありがたいとすら感じた。


 もしかしたら、ルークは私のことを考えてわざわざ別メニューを用意してくれたんだろうか?


「夜の国はあまり豊かではないのでな。一人だけ贅沢をするわけにもいかず、食事は質素倹約を心掛けているのだ」


「そうなの?」


「気に入らないならメイドに言って別の物を用意させよう。とは言っても最近、瘴気も濃くなりまともな作物も収穫出来なくなっているから、ろくなものは用意出来ないが……」


 ルークは申し訳なさそうに目を伏せながら言った。


「そんな、気にしないで⁉ 元々私は少食でこれでも多いくらいだから」


 それは本当だ。私は少食で朝食の後はいつもニーノの差し入れを少しぱくつくだけで済ましていた。夜になるとほとんど口にしなくてもよいくらいだったのだけれども、晩餐には数多くの肉料理や魚料理にデザートがテーブルを埋め尽くすほど並べられる。食べきれず、それらの料理は毎日廃棄されていて心が痛んでいた。一方で地下牢に幽閉されていたニーノに与えられていたのはたった一個の固いパンと具の無い塩スープ一杯だけ。 


 どうしてお父様はこんなにも食べ物を粗末にするんだろうか? その疑問は常にくすぶっていたが、ニーノを救い出す方法を考えるので頭がいっぱいで、本気でその問題に向き合ったことはなかった。


 ルークは魔王なのに自分だけ贅沢な暮らしをしようとはせず、貧しさと共に現実を歩んでいる。それは尊敬に値する志だと思った。


 自分や贅の限りを尽くして来た実父の姿を思い出し、恥ずかしさと罪悪感がこみ上げて来る。


 私に、この料理を食べる資格があるのだろうか? 


 突然、勢いよくドアが開かれた。


 入って来たのはベルさんだった。何やら酷く慌てた様子でルークの元に駆け寄る。


「ルーク様! 近隣の村に魔物が現れました!」


「なんだと? 周辺の村には魔石灯の充填を行ったばかりのはずだぞ?」


 魔石灯? それは何かの魔道具なんだろうか? 私は二人の会話に耳を傾ける。


「それが、魔石灯の魔物除けの効果の無い魔物が出現したらしく。とにかく一刻も早くルーク様のお力が必要です!」


「分かった、すぐに行こう。ミアはそのまま食事を続けてくれ」


 ルークは険相を浮かべながら立ち上がると右手を掲げ、パチン! と指を鳴らす。


 すると、背後にあの時見た禍々しい門が出現した。


「待って!」


「何だ、ミア? 話があるなら後にしてくれ」


「私も行きます!」


 その瞬間、ルークは大きく両目を見開き私を凝視した。

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