今、目の前で大事件が起こっていた。
窓から暖かな朝陽が差し込み、雀の鳴き声が静かに響いて来る。とても穏やかで静かな朝である。オレの家の周囲は野原で民家も少ない。街の喧騒とは無縁で静かな片田舎であり、この瞬間だけは田舎の良さが身に染みた。
いつもと変わらない日常が今日も待っている。特に何も起こらず、いつものように家を出て仕事に行き、日が暮れれば家路につく。我が家に帰れば安酒の焼酎と適当に作ったつまみで顔を染め、眠くなったら寝床に入る。そして、また朝が来る。そんな他愛のない日常をループし、いずれオレは誰にも看取られることもなくひっそりと死んでいくのだろうな、などと先程までは思っていた。
しかし、事件は起きた。もしかしたら、オレは抹殺されるかもしれない。主に社会的にだ。
落ち着け、落ち着くんだ! 眉をひそめながら、オレは目の前にある物体を凝視した。何度それを見ても理解不能だった。どうしてこんなものがここに、オレの家の今に転がっているのであろうか。
オレは軽いパニック状態に陥っていた。変な汗が全身から湧き出してくるのが分かった。
状況を説明しておこうか。ここはオレの家だ。駐車場スペースも十分にあり、畑も出来るくらいの広い庭を有した築四十年の一戸建て。その家の居間にオレはいた。どうやら昨日は深酒がたたり、ベッドに行かずにそのまま今で寝込んでしまったらしい。つい先ほど頭に鈍痛を覚えながら目覚めたのだ。これは二日酔いの頭痛か? ちょっと違うような気もするが、オレは深く考えないことにした。喉に激しい渇きを覚え、一刻も早く目覚めの水を喉に流し込みたかったからだ。
そして、寝惚け眼をこすりながら起き上がろうとした瞬間、オレはそこに得体の知れないものがあることに気付いたのだ。
一言で言えば、それは大きな桃だった。普通の桃と違うところは、色が程よい小麦色に焼けていて、赤色の布切れに覆われている点だろうか。
自分の気が確かだと仮定するなら、その赤い布は赤色のフンドシであり、それに包まっている小麦色の大きな桃というのは人間の
それは一言でお尻だった。いや、ヒップだった。もしくはケツ。とにかく、オレの目の前には赤色のフンドシをはいた尻が転がっていたということだ。
オレは唾を飲み込み、恐る恐るそのお尻の持ち主の顔を覗き込んだ。
そこには胸にサラシを巻いた小柄な少女が床の上で静かな寝息を立てていた。健康そうな小麦色の肌。亜麻色の長い髪の毛は手入れをあまりしていないせいかボサボサしていた。頭の上に盛り上がった二か所の髪の部分が獣耳のように見えた。そのせいで、一瞬、ファンタジーの世界に出てくる獣人娘かと錯覚してしまった。
童顔だが、整った目鼻立ちをしていてかなりの美貌を有していた。小柄な体躯と童顔を見る限り、謎の美少女の年齢は十三歳くらいだろうか。その幼さが、オレにとっては恐怖であった。
「もしかして、オレ、酔った勢いでこの娘を家に連れ込んじまったのか?」たちまち顔が引きつるのが分かった。
まずいぞ。だとしたら、これは立派な犯罪だ。未成年略取、いや、誘拐になるかもしれない。そうなったら、オレは身の破滅だ。逮捕され、社会的に抹殺されることは確実だった。
オレは少女を見回した。再び肉付きの良い尻を見てしまい、思わず唾を飲み込んでしまった。いや、違うぞ。オレは変態ではない。オレは熟女趣味であって、子供には興味はない、はずだ。などと自分に言い聞かせるように目を背けた。すると、背けた視線の先で少女の胸の部分と鉢合わせしてしまった。白いサラシに巻かれた胸の部分は幼い顔とは裏腹に、はちきれんばかりの駄肉を持っていて今にも零れ落ちそうになっていた。ごくり、と唾を飲み込む音が静かに響き、たちまち自己嫌悪に陥ってしまった。
いかん! こんな場面を誰かに見られでもしたら、間違いなく警察を呼ばれてしまう!
オレは周囲を見回し、なにか上にかけるものが無いかと探した。すると、床の上に見覚えのある鉄の塊が置かれていることに気付いた。
「これは、確か魔王……ではなくレラの装備じゃないか?」
そこには、昨日友人になったばかりの竜野レラが頭に被っていた漆黒の兜が無造作に置かれていた。その他にも手甲や脛当てなども転がっていた。あの鉄塊のような禍々しい鎧部分は見当たらなかったが、すぐにその理由が判明した。兜の近くの床に大穴が開いていた。嫌な予感を思い浮かべながら穴の中を覗き込むと、やはり予想通り鎧が穴の底に落ちていた。床が鎧の重さに耐えきれず下に落下してしまったのだろう。まあ、築四十年だから仕方がないか。それにしても、あんな鉄塊の重さに耐えられる民家の床など存在するわけもないのだ。
そこで、ようやくオレは友人の姿が何処にもないことに気付いたのだ。
「レラの奴、何処に行ったんだ?」そこでハッとなる。「そういえば、オレ、あいつの素顔を知らなかったが……もしかして!?」額から脂汗を垂らしながら、油のさしていないゼンマイ人形の様にぎこちない動きで少女に振り返った。
その時である。少女は喘ぎ声を洩らすと、もぞもぞと身体を動き始めた。ゆっくりと上体を起こすと、欠伸をしながら伸びをする。
オレは固唾を呑んで少女がオレに気付くのを待ち構えた。もしかしたら悲鳴を上げられるかもしれない。でも、オレの予想が正しければ……。
少女は寝惚け眼を手でこすると、オレの存在に気付き、大きな目を開いてオレに話しかけて来た。その顔から無邪気な子供の愛くるしい笑みが零れ落ちた。
「おっはよーございます、師匠! 本日よりご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします、だよ!」破顔させながら、少女はオレに微笑みかけて来た。
師匠? 師匠ってなんのことだ?
オレは狼狽しながら、ただ、少女の愛くるしい笑顔を凝視するのであった。