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第10話 最強、最弱最底辺回復術師のおっさんに弟子入りする 其の二

 褐色の美少女は、サラシと赤フンドシ一丁だけという、ほぼほぼ裸同然の姿でオレのことを輝いた目で見つめ続けていた。


 オレは相変わらず軽いパニック状態に陥っていた。どうして良いか分からず、少女の視線を受けながらただただ硬直し、脂汗を垂れ流すばかりであった。


 オレのことを師匠と尊敬の眼差しで見つめて来る美少女のことがなにも分からないのだ。名前や素性、そもそもどうしてこの家にいるのか。そんなことより、オレは彼女のなんの師匠になったのか。全てにおいて皆目見当がつかなかった。いや、朧気ながら彼女の正体に薄々気付き始めてはいるのだが、その可能性は限りなく低かった為に口に出すことは出来なかったのだ。


 褐色美少女の童顔を凝視しながら、オレは頭をフル回転させて必死に思い出そうと試みた。


 時間は昨夜まで遡る━━。




 居酒屋を出た後、オレたちは家に直行した。交通機関を利用しなくても、駅前にあった居酒屋から我が家までは歩いて十五分程度の距離だったことから、親交を深める為にも散歩がてら歩いて行くことになった。


 レラに向けられた通行人からの視線が相当痛かったが、そんなことなどお構いなしにオレたちは堂々と歩いて帰って行った。


 傍から見たらオレたちはどういう関係に見えただろうか。魔王とその下僕1といったところか。


 ただでさえハンターの衣装は鎧兜や派手な魔法衣ばかりで時代を逆行した出で立ちだというのに、彼の装備している鎧兜はあまりにも禍々しくて目立ち過ぎた。道行く人たちはオレたちに道を譲る様に自然と離れて行った。そのおかげで人で溢れ返った道を、楽々と先に進むことが出来た。


 オレの家は南北海道の千鶴市の片田舎にあった。北部には空港が、南部には港があり、十万人規模の都市でありながらも北の玄関として多少は名が知れた都市である。オレの家はその街の端っこ。周囲は開発が遅れているせいか、見渡す限りの野原が広がっている。近くに民家は一軒も無く、片田舎というよりは秘境に近いかもしれない。家の裏には鹿やキツネ、熊も出る山がある。それは樽前山といって、地元では神様の住まう神聖な御山として祀られていた。家の近くにある建物といえば、その神社しかなかった。


「まあ、入ってくれよ。ってか、そのなりで中に入れるか?」


 レラは身長二mを超す長身に加え、兜の両脇から生えている長い角を入れれば全長は三mにも及びそうだった。残念ながら、我が家は人間を相手に設計しているので、魔王が来客する事態を想定して作られてはいなかった。


「問題ない」そう言って、レラは身体を前に九十度傾けると、まるで猛牛が角を立てて突進するようなポーズで玄関を潜って入って行った。


 この構図を誰かに見られたら、魔王がオッサンを角で刺し殺そうとしているように思われたかもしれないな。


 オレはレラを先に家の中に入れると、後から入って玄関の鍵を閉めた。そして、先に右奥にある居間に行ってくつろいでいてくれと彼に申し伝えた。


 レラは「承知した」とだけ呟き、廊下の突き当りの右側のドアを開けて居間に入って行った。


 それでは、オレは宴の支度でもしますか。台所に向かうと、冷蔵庫の中身と相談し始める。中にはコーラの二リットル入りペットボトルが一本と、発泡酒の缶が数本。玉子を二個発見する。冷凍庫に虎の子のベーコンが入っていることを思い出す。これでベーコン入りの炒り卵を作れるな。後は野菜室に入っていたモヤシと片隅に転がっていた魚肉ソーセージを炒めて焼肉のソースでもかければ十分な肴になるだろう。しかし、これだけでは物足りない。もっと肉が欲しいと思い、周囲を見回すと食器棚の端っこに缶詰が置かれているのを発見する。


 そうだ。これは非常食用にとバーゲンセールで購入した焼き鳥の缶詰だった。五個もある。これだけあれば、何とか見栄えは良くなるだろう。


 オレは手際よく料理を作ると、適当に大皿に盛りつける。貧しいながらも豪勢な肴が完成し、オレは唾を飲み込んだ。


 さあ、これで今日は朝まで宴会だ。どうせ明日は休みだ。どんなに夜更かししたって、咎める者はいない。今日は家にある酒を飲み尽くすぞ!


 そう思いながら、オレは料理と飲み物を持って居間に向かった。


「待たせたな。さ、宴だぞ!」


 オレが居間に入ると、レラはその図体でちょこんと床の上で正座をして待っていた。その姿が何故か愛らしいと思ってしまった。


「なんで床の上? ソファにでも座ったらいいのに」


「我の重みの前ではソファなど赤子の手を捻るより容易く灰燼に帰すであろう」


 重みでぶっ壊れるってことね。ま、確かにそうだ。今も床がレラの重みでメリメリと悲鳴を上げているもんな。


「分かった。なら、オレも床に座るとしよう」


「いや、城の主たる汝は堂々と玉座につくがよいぞ」


「同じ目線で語り合いたいんだ。ま、気にするな。ほら、宴を始めようぜ。なにを飲む? 生憎ビールは切らしていて発泡酒と安酒の焼酎しかないが」


「すまぬが、我はアルコールは嗜まないのだ。飲めば暗黒面が我を支配し、街が焦土と化すであろうからな」


 酒に弱いから飲めないってことだな。もしかして下戸なんだろうか?


「なら、コーラでもいいか?」


「コーラ! 至高の雫なりや」


 どうやらコーラは大好物のようだな。偶然、買っておいて正解だった。


 オレはレラにグラスを渡すと、泡立つ黒色の液体をそこに注いでやった。


「かたじけない」慎重にグラスを両手で持ちながら呟いた。


「それじゃ、乾杯しますか」オレも発泡酒が注がれたグラスを持ち上げた。


 そして、乾杯! と呟き、互いにグラスを軽く接触し合わせた。ぶつかり合ったグラスから、甲高い音が響き渡った。

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