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第11話 最強、最弱最底辺回復術師のおっさんに弟子入りする 其の三

 宴は夜更けになっても続き、楽しい時間が過ぎて行った。


 オレたちはお互い、回復術師として目指している夢や目標、自分たちを追放した奴らに対する愚痴を語り合い大いに盛り上がった。


 今日が初対面だというのに、オレたちはまるで十年来の友人のように笑い、本音を曝け出し合った。まあ、友達いたことないんですけれどもね。


 発泡酒を全て飲み切り、近くのコンビニで売っている四リットルペットボトルの安い焼酎をお湯割りで飲み始めた頃には、酔いは相当回り始めていた。


 酒の勢いもあり、オレは思い切ってレラに、今日追放された理由を聞いてみた。正確にはレラ以外のギルドメンバー全員が自主的に追放された━━逃げ出したわけなのだが。


「ところで、どうしてレラは追放されたんだ?」


 それまで饒舌に語っていたレラの口が止まった。


「気に障ったのなら謝る。でも、話の端々で聞こえて来た『消滅魔法』が気になったんでな」


 普通、回復術師にはアンデッドやレイスに対する浄化魔法は存在していても、物理攻撃魔法のスキルは備わっていなかったはずだ。前職が拳闘士なら尚更である。何処で消滅魔法なんか手に入れたんだろうか?


「ヒールぞ」ぼそりと、レラは呟いた。


「なんだって? ヒールがどうした?」


「我は初級ヒールしか使えぬはずなのだが、何故かどうやってもヒールが消滅魔法に変化してしまうのだ。理由は、我が強すぎる為だと思うのだがな」


 レベルが高すぎるから初級ヒールが消滅魔法になるって意味が分からないんだが? 


 その時、偶然にも蠅がテーブルの端っこに止まるのが見えた。そこでオレは一計を案じた。


「なら、あそこのテーブルの端っこに止まっている蠅に、試しにヒールをかけてみろよ。先輩回復術師として、お前さんのヒールの腕前を見てやるからさ」焼酎をあおると、オレはケラケラと陽気に笑いながらレラをたきつけた。


「良いのか?」


「ああ、構わないから思いっきりやってごらんなさいな。まさか、家が破壊されるわけじゃあるまいし」


 オレはこの時の自分の言動を一生後悔することになる。


「ならば、試してみようか。ヒールレベル1」右手の人差し指で蠅に狙いを定めると、静かに呟いた。


 その瞬間、レラの指先から血の色をしたマナが迸ると閃光が走った。


 一筋の閃光が蠅もろともその後ろにあった壁を貫いた。爆発したかのような光が溢れた後、衝撃波と共に爆音は轟いた。


 突如として襲いかかった衝撃波によって、テーブルは上にあった料理の皿ごとひっくり返り、オレの身体も何処かに吹き飛ばされそうになった。


 何が起きたんだ? 見間違いかもしれないが、今、レラの指先から放たれたのはヒールではなく破壊光線だったような気がする。


 オレは唖然としながら爆心地に視線を向けた。そして、そこで驚愕的な光景を目の当たりにした。


 居間の右側の壁に大きな穴が空いていたのだ。それは綺麗な円形の穴で、まるで計って空けられたかのような形状をしていた。


「ああ、なるほど。確かに消滅魔法だわ、これ」ははは、とオレは乾いた笑みを浮かべた。穴の空いた先に見える外の景色を眺めながら口の端が引きつっているのが分かった。


 これで合点がいった。あの時、レラから逃げ出したハンターたちの気持ちが痛い程理解出来た。ヒールをお願いして、返ってきたのが全てを滅ぼす最強最悪の消滅魔法だったら、それは想像を絶する恐怖だったに違いない。もしかして犠牲者が出ていたんだろうか。こんな初級ヒールと称した消滅魔法を喰らったら、人間どころか魔王すら一瞬で消滅してしまうだろう。


 だから彼等はあの時、『オレたちは回復役が欲しいのであって、消滅魔法の使い手が欲しかったわけではないんです!』とかって怯えながら叫んでいたのか。今なら納得だ。


「す、すまぬ。大分加減はしたはずなのだが、やはりダンジョン内と地上では勝手が違うみたいだ。ダンジョン内より威力が大分増しておるみたいぞ」申し訳ない、と呟いた後、シュンとして目線を下に落とした。


「いいって! オレがやれって言ったんだから気にするな! でも、一つ確認させてもらいたいんだが、お前、本当に回復術師なのか?」


「疑うのか!? 我は正真正銘回復術師ぞ! これがその証なりや」少し怒った口調で、レラはハンターライセンスを見せて来た。


 そこには確かにレラの名前と回復術師のクラスが記されていた。横にある顔写真も今被っている鎧兜姿だ。こんな素顔が分からない写真をライセンスに使用して良いものかと当たり前の疑問が頭を過った。ま、今はそんなこと、どうでもいっか。


「本当のようだ。なら、もう一つ教えてくれ。レラ、お前のレベルは幾つなんだ?」


「知らぬ」腕を組みながら堂々と言い放った。


「知らぬって、お前ね。ここで隠しても仕方ないだろう? 別にステータスを見せろって言っている訳じゃないんだからさ、ケチケチしないでレベル位教えてくれてもいいだろう?」


「いや、本当に知らぬのだ。五年前にレベルが999になってから、それより数字がカウントされぬのだ。才能限界値には達しておらぬようなので、裏ではレベルが上がっているとは思うのだがな」


 何かサラッとえげつないことを言ってきやがったぞ? オレはレベル10でカンストしたっていうのに。羨ましすぎるだろうがよ! お願いですから、そのレベルを自分にも少しだけでいいから分けてください! そうしたら、間違いなくオレは底辺回復術師の汚名を返上してごく普通の回復術師になれると思うんです!


 まあ、そんなことが出来れば世話はないのだが。そもそも経験値やスキルポイントの移譲が可能になったら、それはそれで大問題に発展しそうだ。もし、そんなことを可能にするハンターが現れたなら、壮絶な争奪戦が起こるに違いないのだ。モンスターと戦いもせずに楽に経験値を得る方法が見つかったのなら、それはハンターならば夢の様な話だろう。特に、オレにそんなスキルが開花したならば、間違いなく狙われるのは明白だった。


 何故なら、オレはこの十年間、レベルがカンストした状態であった為に、魂魄石に秘められた経験値やスキルポイントを大分霊子結晶にため込んでいたからだ。つまり、もしそうなったら、おれ自身が宝そのものになるということだ。それがどのくらいの価値になるかは分からないが、売れるものならば是非とも高値で買い取ってもらいたいとは思う。まあ、それは夢物語なのだが。


「レベルが999だって!? お前、やっぱり回復術師じゃなくって、見た目通りの魔王なんじゃないのか? 普通、そんなごっつい鎧を回復術師が装備するわけないだろうし」


「我を魔王とは呼ぶではない! いや、だが、それも仕方なき事。何故なら、この装備はソロでダンジョンに潜った際、ダンジョンボスたる魔王よりの献上品ドロップアイテムなりや」


 ソロでダンジョンに潜って魔王を倒したってことっすか!? やっぱり化け物じゃんか。


「魔王のドロップアイテムを装備してんのか!? もしかして、それって呪いのアイテムじゃないの?」どう見ても呪いの装備にしか見えなかった。そんなものを着ていて大丈夫なんだろうか?


「紛うなき呪いの一品なりや。常人がこれを装備すれば、たちどころに血肉と魂を喰らい尽くされることは明白」


「おいいい!? そんな危ないものを着ていたらダメだろうがよ!! どうしてレラはそんな危険なものを着ていて無事なんだよ!?」


「我が覇気をもってすれば魔王の呪いごとき詮無き事。それよりも、これよりもたらされるステータス効果が魅惑的であったのだ」


 ステータス値をアップする効果でもあるのかな? それならば分かるが。


「装備した者のステータス値を百分の一以下に低下させる効果があるなりや。おかげで、我は自らの弱体化に成功せり。しかし、未だ目標の低みには達せず」落ち込んだように嘆息した。


「それって、弱くなる為だけの理由で、あえて呪われた魔王の装備を着ているってこと?」


 レラは「是なり」と頷いて見せた。


 うわーお。びっくりだね。普通の人間は成長し強くなることを渇望するのに対し、目の前の回復術師と称した魔王さんは弱体化を心から望んでいる、と。底辺を這いずり回っているオッサンはもう溜め息しか出ないっすね。


 だが、そこでオレは頭に疑問が過った。


「それは何故?」素朴な疑問が口をついていた。ジッとレラを凝視した。


 弱くなることが目標なのは良いとして、その理由が分からなかった。そもそも、何故、元々拳闘士として最強クラスの位置にいた人間が回復術師にクラスチェンジすることになったのだろうか。色々と分からないことだらけだった。


 オレがうーんと唸っていると、レラは静かにその理由を話し始めた。


「弱くなれば、消滅魔法ではなく普通の初級ヒールを使うことが出来ると思ったからだ」


 レラは今にも泣きそうなほど、声を深く落として呟いた。その肩が震えていた。


 その一言でオレの頭に過った疑問の大半は氷解した。

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