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第16話 底辺回復術師のおっさん、バグってうっかり最凶になる 其の三

 レラの放ったヒールと称した消滅魔法はドス黒いマナとなって、まるで竜巻でも発生したかのような勢いでオレの周囲に渦巻いた。


 渦となってオレの周囲に取り巻いたドス黒いマナは、ゴゴゴゴゴと唸り声の様な轟音を響かせ、それは恐怖と共に世界の終焉を彷彿させた。いや、実際にオレの世界は終わろうとしていた。レラの放った自称初級ヒールレベル1という名の極大消滅魔法によって、オレの命は風前の灯火だったからだ。


 指一本で放った消滅魔法でさえ、その威力は壁に大穴を空ける程の威力だったのである。今回のはパニック状態に陥ったレラが全力で放った一撃であることから、既にオレの死は確定事項だった。その威力たるや、家が消滅する程度では止まらないだろう。もしかしたら、この地区全体が焦土と化す危険性さえ考えられた。


 ま、後のことはどうでもいっか。どうせ、オレはこのまま消滅してしまうのだ。後のことは生きている人たちでどうにかすればいい。儚い人生だった。彼女を作るという夢は果たせなかったが、友達を作るという夢だけは実現することが出来た。せめて、そのことを冥土の土産にして来世で頑張ろうか。


 ところで、オレは消滅した後、ラノベの様に異世界に転生して、女神様からチート能力を貰えたりするんだろうか? 出来るなら、物語の冒頭からハーレム展開になることを希望したい。獣人娘と巨乳エルフは絶対に外せないぞ。くっころの姫騎士も捨てがたいな。


 などと、全てを諦め切って来世に思いを馳せていた時だった。


 あれ? ところで、オレはいつになったら消滅するんだろうか?


 先程から響き渡っている轟音がオレの右手から聞こえていることに気付いた。そして、この轟音が、とある家電製品から聞こえる音に酷似していることに気付いた。


 派手に響き渡っているが、これは掃除機がゴミを吸い込む音に似ているぞ?


 オレは恐る恐る自分の右手を覗き込んだ。黒い渦はオレの右手を中心に発生していた。いや、違うぞ。オレの右手が周囲に渦巻く黒いマナを吸い取っているのだ。正確には右手の甲にある壊れた霊子結晶の中に吸い込まれていた。


「これはどういう事態なんだよ!?」オレの悲鳴は、右手から響き渡る轟音によって掻き消された。


 そして、次の瞬間、霊子結晶は全てのドス黒いマナを吸いきった。たちまち周囲は不気味な静寂に包まれた。


 オレは呆然と佇みながら、事態の把握に努めようと頭をフル回転させた。しかし、知識も乏しく、元々そんなに高性能な頭でも無いので、いくら考えても今起こった現象に対する答えなど出てくるはずもないのだ。


「師匠!?」オレを呼ぶレラの声が震えていた。


 レラはオレの目の前にいた。足が小刻みに震えており、顔をくしゃくしゃにしながら大粒の涙をぽろぽろと零していた。蒼白していたが、オレの無事を確認するや、たちまち顔に生気が戻ってきた。相当心配していたみたいだな。


 本当は説教の一つでもしてやろうと思ったのだが、レラの様子を見る限りその必要はなさそうだ。殺されかけた憤りはあったが、結果的にオレは何故か無事だったのだ。過ぎたことを蒸し返すより、今は泣きじゃくるレラを安心させてやりたいと思った。


「ほれ、この通り無事だから、もう泣くな。でも、お願いだから二度としないで。約束だからね?」精一杯の笑顔を浮かべながら、オレは慰める様にレラに言った。


 すると、レラは言葉にならない叫び声を上げると、勢いよくオレに飛びついて来た。


「グエッ!」レラは細い両腕をオレの首に回しながらしがみつくと、涙と鼻水まみれの顔をオレの頬に擦り付けて来た。


 たちまち、オレの顔はレラの体液塗れになった。その間もレラの叫ぶような泣き声が耳をつんざいた。


「ごべんなざいいいいい! ボク、ボク……」ヒックヒックとしゃっくりをする様に声が上擦っていた。相当反省しているみたいだな。なら、やっぱりお説教は無しだ。


 オレはレラを抱き締めると、右手で頭を撫でてやる。


「よしよし、いい子だ。だから、もう泣くのはおよし……ってか、なんじゃ、こりゃあ!?」右手の甲にある霊子結晶が視界に入り、それを見たオレは、思わず驚きの声を張り上げた。


「なになに!? どったの、師匠!?」オレの叫びに驚いたレラは、獣耳の様な形をした髪の部分を尖らせながら動揺した表情を見せた。


「ちょっとこれを見てくれ!」


 オレはレラを下に降ろすと、レラにも見える様に右手の甲にある霊子結晶を前に差し出した。


 右手の甲にある霊子結晶が紫色に輝いていた。どうやら、何故か突然起動したらしい。しかし、紫色の輝きを放つ霊子結晶など聞いたことがなかった。ハンターの持つ霊子結晶は全て起動前の待機状態ではオレンジ色の光を放ち、起動すると青白い光を輝かせるのだ。


「壊れていると思っていた右手の霊子結晶が突然起動したこともそうだが、この紫色の輝きも驚きだ。紫色に輝く霊子結晶なんざ聞いたこともないぜ」


「はへー、紫色に光る霊子結晶なんて、ボクも初めて見たよ。それで、中はどうなってるんだろ?」


「中って?」


「いや、だから、ステータスオープンしたら何が出てくるのかなって」


 驚きのあまり、オレはうっかり基本的なことを失念していた。これが霊子結晶である限り、この中にはオレのステータスが隠されているのだ。でも、既にオレは左手にある霊子結晶で最底辺の回復術師のステータスを持っている。だとしたら、この中に入っているものは何なんだろうか。


 考えても仕方がない。不安はあったが、とにかく知的好奇心を満たすことを最優先にした。


「よし、ステータス画面を開いてみるか」ごくり、と、緊張しながら唾を飲み込んだ。


「あ、ボク、何処かに行っていた方がいいかい、師匠?」


「いや、是非ともここで一緒に確認してもらいたい。何が出て来るか分からんからな」つまり、お前は非常事態が起きた時の護衛代わりだ。


「じゃあ、遠慮なく。何が出るかな? ボク、ワクワクが止まらないっすよ、師匠!」レラは瞳を輝かせながら、ウキウキした表情でオレの霊子結晶を凝視した。


「なら、いくぞ。ステータスオープン!」


 オレの声に反応するかのように、霊子結晶は爆発的に輝きを強めた。そして、紫色から真紅へと色を変えると、真っ赤なマナがそこから溢れ出した。


 静かにステータス画面が出現すると、オレたちは息を吞みながら中身を覗き込んだ。


 そこにはこんなことが記載されていた。


『禁術師 レベル1』と。


「禁術師って、なんぞや?」オレは目を点にして、ステータス画面を凝視するのであった。

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