玄関で朝から目を輝かせる一ノ瀬さんと、寝起きの俺と風香。
昨日回避したはずの組み合わせが、再度揃っちゃった!
「修羅場きちゃ?!」
なんかお目眼キラキラな一ノ瀬さんを見てたら、寝ぼけた頭がだんだんとすっきりしてきた。
寝起きの俺。
彼シャツ状態の姉。
二人とも明らかに寝起きでしかも寝不足っぽい。
そして一ノ瀬さんは俺の姉、風香の顔を見たことない。
まぁつまりぱっと見、事後に見えないこともない。というか見える。
確かに本当だったら修羅場だ。
姉弟だからそんなことは絶対にありえないけさ。
「ど、どうしよう。ここはクールに【その女はだれよ!】とかいうべき? それとも【何しているの?】とかで詰めていく感じかな? ……いやぽろっと泣くのもあり? でもそういうのは私のイメージ的にないなぁ、うわぁこまっちゃうどうしよ~。……あ、【私に飽きたってこと?!】っていうセリフもいいなぁ」
なんか一ノ瀬さん目の前でめっちゃ葛藤しているんだけど。
「…………あおいー」
「……わぉいきなり下の名前。 こ、これは親密度がわかちゃうね、私の名推理によるとまぁまぁこれは仲いいね、はっ?!」
まぁそりゃ家族だし仲いいよね。
だけど一ノ瀬さんの暴走はまだまだ止まらない。
「ま、まさかこれ私が2番目の女パターン?! いわゆる私が浮気相手だった感じもあるのか! まだ私も葵君のこと呼び捨てではないし、葵君も女性に対して親しげな感じしているし」
それも家族だからだね。
「これ私が、彼女としてか、2番目の女か、どっちの役割を選ぶかで緊迫感が出るか、一気に間の抜けた感になるか変わってくるね」
真剣そうに一ノ瀬さんは何を言ってるのか、酔っているのだろうか。
というかどっちの選択肢でもすでに間抜けだと思う。
「あの一ノ瀬さん」
「待って! 今、今週一番の決断をしているから!」
今週一番ってなんだよ、初めて聞いたよそんな単語。
せめて年単位じゃない?
「よし決めた!」
決めちゃったらしい。
「やっぱり私はマドンナ!2番目なわけがない!それに葵君がそんなプレイボーイとも思えない!」
一ノ瀬さんは自信満々に俺の傷つくこと言ってくる。
泣いちゃうよ?
もう布団にもどりたいレベル。
「葵君、いったいその女はだ――」
「――姉です」
「れ…………姉?」
「そ、姉」
「阿部じゃなくて?」
「阿部って誰だよ。というか、一ノ瀬さんわかってやってるでしょ?」
さっきから明らかに茶番じみてるし、声も風香に聞かれないように気を使ってか、小さくしている。
中をのぞこうとしない。
「……まったく癇のいいガキだね、ここにて女性の声が聞こえて、葵君がお姉さんの名前を呼んだ瞬間にはまぁ」
さすがに観念したのか、てへぺろと舌を出す一ノ瀬さん。
本当に朝から元気だ。
「ですよねぇ…………」
さすがに寝起き過ぎて突っ込めんかったけど。
「…………それで私出直した方いいかな? ってか出直した方いいよね? ただご飯作りに来ただけだし…………」
後ろの姉さんの姿を見てみる。
寝ぼけてたらまた今度、と思ったけど。
……うわぁばっちり目が開いていらっしゃる。
というかこっちに来いと手招きしている、しかも何度も。
「ちょ、ちょっと行ってくるね、寒いから玄関入ってていいよ一ノ瀬さん」
「はーい」
そのままリビングの扉に隠れている風香のもとへ。
「なに、どしたの?」
「どしたの、じゃないよ。だれだれあの超絶美人のギャル」
「え?」
「なんでマドンナと付き合っててしかも別のギャルが来るのよ、あんた本当にプレイボーイになったの?!」
一ノ瀬さんと違って風香はめちゃくちゃ混乱してた。
あーそっか。風香は別の大学だし、マドンナがギャル化した状態を知らないのかぁ……うん納得。
「こんなプレイボーイ化した葵を、今の空ちゃんが見たら卒倒しちゃうわ」
「空とは風香よりも多く会ってるし、空は俺がプレイボーイになってないことも知ってるよ」
というか、最近は空のほうがちょっと変わったくらいだ。
「え、知ってるの?!……成長したなぁ空ちゃんも」
風香はどこで空の成長を感じてるんだよ。
「というか、あの人がマドンナだよ?」
「…………?」
そんな残念なものを見る目で弟の顔を見ないで。
大丈夫、目いかれちゃった?みたいな目やめて。
「はぁ知ってる? マドンナは黒髪清楚系なのよ。 間違ってもミニスカートとかロック系の服なんて着ないの、あと網網のタイツとかはかないの。あの子もめっちゃ可愛いけど、昔見たマドンナとは似ても似つかないでしょ?」
ふっ、情報が古いなあんた。
「知らないの? 大学のマドンナは変わったんだよ、清楚系だった髪はミルクティー色に」
「最近毛先に寒色入れるか悩んでます!」
「メイクは派手になった!…………詳しくはわからないけど」
「清楚系はやめました!最近の気分じゃないので!嫌いではないです!」
「服装はかっこいいのも着るように…………詳しくはわからないけど」
「いろんな服を楽しみたいなって思ってます、前の服も好きですけど!」
俺の解説に、一ノ瀬さんが補足をつけ加えてくれる。
本人の補足、なんと頼もしいことか。
「…………それで後ろの子は?」
「だからマドンナだって」
こそこそっと耳打ちする。
「嘘だぁ」
どうやらまだ信じられないらしい。
しょうがない。
「…………あれ? マドンナの証明ってどうしたらいいんだ?」
過去に一ノ瀬さんがマドンナであった証明なんて難しすぎる。
「いや何言ってるの、葵君とうとう頭まで童貞になっちゃった?」
「いや頭まで童貞ってなに、どゆこと?」
「ぷっ、ギャルに童貞って煽られてやんの、うける」
「風香俺はなにも面白くはないよ?」
童貞も立派な称号だから。
30歳になったら魔法使えるようになるすごい役職なんだから。
「お姉さんにも言われてるんですか?童貞って」
「よく言ってるわ、ふふふ」
「そうなんですかふふふ」
「「あははは」」
何二人して人の童貞でわろてんねん。
「あっ、ご挨拶遅れました。私一ノ瀬です、一ノ瀬 夢と申します。一応大学では、マドンナとかいう恥ずかしい名前で呼ばれることもありました」
「今も呼ばれてるけどね」
俺の言葉は二人ともスルー。
「えっ、あの童貞が言ってること本当なの?!」
「はい、あっこれ学生証です」
一ノ瀬さんは俺を手招きすると学生証を玄関に置いておく。
意図を理解した俺はそれを手に取って姉さんへ。
「えっマジじゃん?!」
学生証の顔見るけど確かに改めてみるとまぁまぁ変わったなぁ……うん。
一方、一ノ瀬さんは一ノ瀬さんでそんなに盛れてないから恥ずかしい、とか言っている。違いすぎて化粧がどうとかに誰も眼が行かないよ。
「ちょっと私も用事ありますし、またお姉さんとは改めてご対面させて下さい」
「いや全然いまでもだいじょーーひっ」
二人から一気ににらまれ、ついでに風香にははたかれた。さっきはスルーされたのになぜ。
「だから童貞なのよ!」
「葵君、ステイ!」
二人から散々な言われよう。
「じゃあまたあとで葵に連絡させるわ」
「はい、じゃあまた」
風香が笑顔で見送る。
扉が閉まると同時、風香がゆっくりとこちらを向く。
鬼だった。
般若だった。
「あーおーいー?」
学んだ。
女性のすっぴんは他人様に後悔してはいけないのだ…………
でも一ノ瀬さんは俺に最初から見せてたようなうーん。