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第4話 ルドマン商会と海洋貿易組合


 ショーンが目を覚ますと、そこは病院のベッドであったが、前とは違い周囲はクリーム色だった。


 明るく暖かみのある部屋は、どうやら個室らしく、自分以外に患者は居ない。



「どうやら、生きているらしいな? ここに居たら、迷惑をかけちまう? なるべく、はやく出ないと」


 病院から出たいと考える、ショーンは右側にあるナースコールを押そうとした。


 その瞬間、ドアを叩く音がして、彼は暗殺者による襲撃かと身構えた。



「入って来いっ!? あ、昨日の?」


「あっ! 起きてるのねっ! 良かったわっ!」


「おおっ! お前のお陰で、命が助かったぞっ!」


「アレだけのチンピラを相手にするとわな」


 ショーンが呼ぶと、スライド式のドアが開かれて、病室内に、三人組が入ってきた。


 昨晩の戦闘で、自動車に身を隠していた男女と、彼等を警護に当たらせる雇用主だと、彼は思った。



「あ、申し遅れたな? 私はルドマン・ホールクライトン、ルドマン商会の社長だ」


 ショーンの視線は、ルドマンに向けられるが、彼は来客用に置いてあった椅子に、腰を下ろした。


 彼は、金髪で茶色い瞳に、恰幅のいい体型をしており、灰色スーツ姿を上下に着ている。



「こっちは、エルフ族のリズ・メイフォード…………もう一人は、スバス・フォート…………二人とも、私の護衛や会社の警備を務めている」


「どうも~~!」


「宜しくなっ!」


 ルドマンは、自身の護衛である、リズとスバス達を、ショーンに紹介する。



「ショーン・ボンドだな? オーシャン・リザード・パーティー傘下の警備会社に務めていた? 君が、昨日の襲撃から助けてくれたおかげで、私はここにいる…………」


「それは当然の事をしたまでだ? あそこで助けてなければ、みんな死んでただろう?」


 ルドマンは、ショーンに助けられた事で、謝礼を言いに来たのだ。



「大した事はしてない? それに、聞いているだろう? 俺は前科者だし、オーシャン・リザード? いや海トカゲ団から狙われているしな」


 ショーンは、礼を言われても、嬉しくはなく、まして報奨すら欲しくは無かった。


 仲間や恋人に裏切られた今、彼は何も欲する気持ちはなく、ただ座して死を待ちわびるだけだ。



「しかし、君の勇気が私を救ったのは事実だ? これからは、私の商会で働いてくれないか」


「いや、でも…………」


 ルドマンは微笑みながら、ショーンに職を与えようと提案したが、その言葉を聞いた彼は困る。



「オーシャン・リザード・パーティーの連中はーー? いや、海トカゲ団とも揶揄やゆされるが、私の会社は、海洋貿易組合に属している…………互いに対立しているワケではないし、貿易に関しては共通の利益を出しているが、こちらの仲間に成れば、君にも下手に手は出せないだろう」


 ルドマンの言う、海洋貿易組合は、マリンピア・シティーで、港を取り仕切る中規模組合だ。


 しかし、それなりに権力や資金力を持つため、マフィアとの抗争もできる。



「海洋貿易組合は、規模では海トカゲ団に劣るが、組合や私にも色々な伝があるのでな」


「分かってるさ? ルドマンさん、アンタは堅気の商人だろうが? 表の付き合いだけでなく、裏社会の人間とも交流があるんだろう」


 ルドマンの話を聞いて、ショーンは貿易商人と言う仕事は、裏とも通じていると察する。


 国家が、犯罪組織の撲滅を掲げているが、マフィアは尻尾を、そう簡単に見せるワケがない。



 また、ギャング団は潰しても、次から次へと誕生して、チンピラの人員は大量に存在する。


 表社会と裏社会で、好き放題している海トカゲ団が、いい例だろう。



「そうだ…………連中が君を執拗に狙う理由は、分からないが? 少なくとも、私達の仲間に成れば、狙われにくく成るだろう? まあ、君にはチンピラや魔物との戦いを任せるから、危険な仕事に変わりはないが」


「それは、また俺を冒険者として、雇う積もりか? 荒っぽい事は、確かに慣れてるが」


 ルドマンは、自身の命を救ってくれた、ショーンを雇うために説得する。


 確かに、彼の言う通り、組合やパーティーに所属していれば、対立組織は手を出しにくくなる。



「なら、決まりねっ! ショーン、昨日の戦闘は凄かったわよっ!」


「これからは同僚になるんだっ! 仲良くやって行こう」


 リズとスバス達は、ショーンが勝手に入社すると思って、二人とも喜ぶ。



「いや、まだ…………はあ? どうせ、戦っていれば、いつかは…………か?」


 ショーンは、ここで断るのすら面倒になり、取り敢えず、彼等とともに働く事にした。


 とは言え、危険な職場なら戦死するだろうと考えていたが、それをクチには出さなかった。



 それから、彼が退院する日にちまで、一気に時が過ぎていった。



「済まないな? ルドマンさん、こんなに買って貰って」


 武器屋から出てきた、ショーンは自身の装備として、ショートソードと子盾バックラーを買って貰った。


 そして、茶色い軽鎧の下に、灰色スーツを着用して、黒いブーツを履いている。



「それは、私からのプレゼントだ? 早速だが、私の護衛をしながら会社まで着て貰うぞ?」


「分かってます」


 ルドマンから、武器と防具などを買い揃えて貰った、ショーンの心には不安が渦巻いていた。



「それから、業務内用は倉庫を魔物の襲撃から守ること? そして、社員用のアパートも用意しているからな」


「倉庫の案内は、私が担当するわっ! もちろん、アパートもね」


「あ、ああ、頼む?」


「ルドマンさん、車を出しますよ? リズ、ショーン、お前たちも早く乗ってくれ」


 武器屋の前から、高級自動車に向かって、ルドマンは歩いていく。


 その後に続く、リズは笑顔で振り向いて、ショーンをドキッとさせた。



 車内に乗り込むと、スバスが運転手として、すでに待機していた。


 全員を載せた、車は街中を走り、マリンピア・シティーの南にある漁港を目指す。



 やがて、近代化された都市部から中世の街並みを越えて、彼等は倉庫街へと、やってきた。



「着いたな? スバス、私を事務所に下ろしたら、君も二人に合流しなさい」


「分かりました、社長」


「ショーン、貴方は私と一緒に来てね? 仕事場は、こっちよ」


「そっちか、分かった、着いていくよ…………」


 ルドマンは、それだけ言うと、スバスと一緒に高級自動車で、何処かへと行ってしまった。


 車から降りた、リズとショーン達は、倉庫の中に入っていった。



「うぅ…………また、これか」


「何か言った?」


 ショーンは倉庫内での戦闘と、裏切りを思い出して、一瞬だげ身が怯んでしまった。


 小さく呟いた彼の声に、リズは何だろうかと思い、質問してきた。



「いや、何でもないさ? 何でもな」


「…………そう、それなら、いいけどっ!」


「おっ? 誰かの足音が聞こえたと思ったら、リズと~~? ああ、あの時のヒーローか?」


「はっ? 丁度いい時に来てくれたな、そろそろ近づいてくるから頼むぞ」


 ショーンは、暗い表情を見せまいと、無理に作り笑いで誤魔化した。


 当然だが、リズは彼の気持ちに感づいているが、あえて聞かないように気をきかせた。



 そんな二人の足音を聞いて、出入口から、ひょっこりと、人食い花が現れた。


 同時に、フランジメイスを右手に握る、インキュバスも姿を見せた。



「カラチス、パルドーラ…………元気にしてたあ? と言うか、新入りのショーンね? で、魔物は」


「どうも、ショーンです? よろしく」


「へへ? 魔物は直ぐそこまで来ているっ! 新入り、腕の見せ所だぜ」


「一匹だが、害獣だからな? 港の魚や機材に手を出されちゃ、困るしな」


 二人を前に、リズは呑気な声で、魔物が何処から攻めてきたかと聞いた。


 大人しく、ショーンは彼等と握手したが、その瞬間に体が少し震えたように感じた。



 まだ、彼は裏切られた記憶が色濃く脳裏に焼き付いており、未だに拭えないのだ。



 そんな事など露知らず、カラチスと言われた人食い花は、大きな口を開ける。


 真っ赤なつぼみには、大きな黒い両目があり、ワニのように歯がならんでいる。



 また、緑色の太い幹は、鋭いトゲが、びっしりと生えている。


 そして、人間のように手足があり、フラフラと歩きながら近づいてくる。



 白い肌に黒髪茶目をした、パルドーラも、インキュバスらしく、側頭部に蝙蝠コウモリの羽根がある。


 そして、茶色いスーツの上に、黒い防弾プレートを着用していた。



「一匹か? 俺の実力試しと言う事か…………」


「まあ、そう言うこったな」


 ショーンが呟くと、カラチスは腹を抱えて、ケラケラと笑いながら答えた。



「なら、実力を見せてやるっ! おらっ!」


 丁度、ファット・クラブの姿が外に見えたため、ショーンは直ぐに飛び出していった。


 それと同時、大きな赤黒い蟹の左腕が切り飛ばされ、口に素早く、ショートソードが突っ込まれた。



「いっちょ、上がりっ! これくらいは、簡単にできるぜっ!」


「凄いわっ! かなりの腕前ね…………」


「ああ、確かに凄かった」


「俺達でも、少し手間取る相手なのにな?」


 倒れた、ファット・クラブの前で、ショーンは振り返り、みんなに自信満々な顔を見せた。


 一気に、敵を駆除してしまった、彼の姿を見て、リズは目を丸くする。



 カラチスは、両目を丸くしながら驚き、死体の方に近づいていく。


 パルドーラも、フランジメイスで、殻を叩いて、死んでいるか確かめようとする。



「まあ? コイツ等は嫌ってほど、相手してきたからな」


 ショーンは、自分を称賛する新たな仲間たちを前に、少しだけ心の穴が塞がるような気がした。


 こうして、空虚だった彼の胸には、未来に対する暖かい希望が芽生え始めていた。

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