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第27話 被験体VS被験体

「さあ、ターンとリ・ターン、被験体同士の戦いだ。これはどちらが勝つか、興味深い! 行け、レベッカ!」


 クオのその合図と共に、レベッカがナイフを構えて砂丘を駆け下りる。さらに、駆け下りた勢いそのままに、その身を空に躍らせると、カナデの至近距離に軽やかに着地する。


 ナイフに反射した陽のひかりが、ぎらり、と不気味に光る。そして、そのひかりは鋭くカナデの喉元に切り込んでいく。


 だが、カナデも無反応ではなかった。カナデもレベッカの動きに合わせて、砂丘を蹴る。そして、体操選手のように軽々と空中で身を反転させる。

 揺れる長い金髪が、その場にそぐわぬ美しさで輝き、レベッカの影と交差する。

 カナデはレベッカの体当たりを躱すと、浜辺に着地した。そして、すぐに身を捩り、身体をレベッカの方に向け直すや、銃口を向け引金を引いた。


 次の瞬間、浜辺に銃声が鋭く木霊する。


 しかし、銃弾に対するレベッカの動きはさらに速かった。その身をふっ、と横に動かし、虚ろな目のまま、銃弾を難なく躱してみせる。


「ほう、弾道さえ見切れるのか、レベッカ。良い子だな」


 クオが感心したように言う。

 対して、ジーンは冷静ではいられなかった。


 応酬を繰り広げるカナデとレベッカの間に割って入ると、かつて、たしかに妻であったその女の真正面に立ち、声を限りに叫んだ。


「止めろ! 止めるんだ! レベッカ!」


 だが、レベッカの表情は、なんら変わることはない。それどころか、今度はアイリーンを抱えたジーンの喉元に狙いを定め、彼女はナイフを振りかざしていく。


「ジーン!」


 もう少しで、レベッカのナイフの刃先がジーンを捉えようとした、すんでのところで、カナデがレベッカに再び銃撃を加えた。すると、レベッカは緩やかに身を翻して、またもや銃弾を避ける。

 しかし、ジーンはカナデに対して、こう叫ばずにはいられなかった。


「カナデ、お願いです! レベッカを撃たないで下さい!」

「なに言っているの! ジーン、レベッカはあなたのことを把握してないわ! このままじゃ、こっちがられる!」


 そうこうしているうちに、レベッカがまたも宙に飛ぶ。そして、今度はカナデの背後に着地し、振り向きざまにナイフを一閃させる。ナイフはカナデの髪を掠り、数本の金の髪が、はらはらと浜辺を舞った。


 そうして、息を切らしながら、ふたりは砂の上を跳び、跳ね、ともに、ナイフを、銃口を繰り出し合う。いつ果てるとも知れぬ死闘が、ジーン、そしてクオの目前で繰り広げられ、ジーンは叫び続けた。


「止めてくれ……! 止めてくれ、ふたりとも、頼むから!」


 対するクオは、愉快そうにそのジーンの嘆願を聞きつつも、やがて、軽く眉を顰めて見せた。


「五月蝿いぞ、ジーン・カナハラ。せっかくのショウなんだ。邪魔しないで欲しいな」


 そしてクオは、なおも叫ぶことを止めぬジーンを一瞥すると、レベッカの方を見て、新たな指示を飛ばした。


「仕方ない。予定変更だ。レベッカ、まず、この男を、れ」


 そのクオの声に、ぴたり、とレベッカの動きが止まる。

 彼女はカナデから身を、するり、と離すと、ジーンに向き合った。そして、何の感情をも感じさせぬ顔で、ナイフを振りかざしてジーンのもとへと、勢いよく身体を突進させた。


 それは、息を呑む間もない、鮮やか、かつ、迷いのない襲撃であった。


「ジーン!」


 カナデが彼の名を叫んだときには、もう遅かった。

 アイリーンを抱いたままのジーンの身体は、レベッカにナイフごと体当たりされた勢いそのままに、浜から海に向かい、弧を描いて、落ちていく。海辺に、ジーンの血が飛び散る。


 ――頸動脈は、なんとか、外れたな。


 ジーンは宙を飛びながら、意識の向こう側でどこか冷静に考えた。自分の腕から、アイリーンのちいさな身体が、するり、とこぼれ落ちていくのを感じる。


「アイリーン、レベッ……」


 ジーンのその言葉は空に霧散した。彼の身体は水面に着水し、派手な水飛沫を上げて、海中に力無く沈んでいく。

 カナデはその光景を呆然と見つめた。


 だが、次の瞬間、火の付いたようなアイリーンの泣き声に我に返り、彼女は浜辺に転がったアイリーンの元へと跳ぶ。


「アイちゃん! 大丈夫?」

「うああーん! カナデおねーちゃん!」


 アイリーンはカナデの腕の中で泣き叫んだ。カナデは慌てて、アイリーンの身体が傷ついていないか確かめる。見たところ、幸い砂がクッションになったようで、アイリーンに怪我はないようだ。


 よかった、とカナデは呟きつつ、アイリーンを安心させようと、必死で海水に濡れたちいさな身体をぎゅっ、と抱きしめる。


 その首元に、ひんやりとした感触を感じ取り、カナデはさらに我に返った。


 振り返るまでもなかった。いつの間にか背後に立ったレベッカが、カナデの首筋にナイフの刃を当てている。そして、そのさらに後方から、クオの冷徹な声が、響いてくる。


「勝負あったな。よし、レベッカ、カナデ・ハーンを研究所に連行しろ」

「はい、准佐」

「ああ、その小娘もだ」

「分かりました。ケセネス准佐」


 そう淡々と答えるや否や、レベッカはカナデの腕を、強くねじり上げた。思わず、カナデはその痛みに顔を顰める。顰めつつも、ジーンの沈んでいった海面に視線を投げる。

 だが、既に水面からは、水飛沫も波紋も消え失せ、カナデの視力をもっても、波間に沈んだジーンの行方を確かめることはできなかった。

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