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2「――無味な風景と生き様」オリアナ編

1「ザザはしらばっくれた」

 巨大な城壁を伝って道なりに進むと、先には大きな道があり、城門がちらりと顔を見せた。

 列に並んでやや待つと守衛が免許の提示を求めてくるので、冒険免許を守衛に差し出す。

 シャルロットとカルは特に問題なく通れたものの。

 何故かザザは独特な風貌や傭兵にしては簡素な持ち物が疑われ、しばらく話し合ったが別室対応となってしまい。

 結局入国には時間がかかってしまった。

 しばらくしてザザが事務所から出てくると、多少疲れたような顔をしていた。


「……待たせたな」

「大丈夫だった?」

「酷い事はされてない」


 カルが尋ねると彼は軽く言ってみせた。

 だが、口下手なザザのことだからしつこく確認とかされたのだろう。

 とほとほとシャルロットは感じた。


 こうしてやっと、一行はその国を一望することになった。

 傾斜になった街の中心にそびえる巨大な城がよく見え、その城の周囲から順にレンガ造りの建物が並び、薄灰色の屋根が太陽光を反射していた。

 そして城門には薄青い旗が掲げられ、冷たい風に靡いていた。

 シャルロット一行が入国したこの『三番城門』は、この国のなかで一番景色がいい場所だったのは、後に知る事となる。

 ここは王国。

 【南の王国 オリアナ】である。


「ここが三番区ね。じゃあとりあえず、このあたりで宿を取りましょうか」

「……思っていたより人が多いね」


 シャルロットが城門で貰った地図を眺めていると、ぽつり真横でカルがそう呟いた。

 実際、周囲をみると人々がごった返している。


「そうね。私達、国規模はなんやかんや久しぶりだ。ほら、ここ数ヶ月は小さい村とか街が多かったし」


 これまでの旅を思い浮かべると、ここまで大きな場所は初めてだったのだ。

 まだ旅に慣れていないカルからすれば、この光景は珍しいものなのだろう。


「さて、ザザはこれからどうするの?」


 シャルロットは言いながら振り向いた。

 相変わらずザザは仏頂面のままだった。


「明日だな。明日までは一緒に居ようと思う。『五番区』までいけば俺にあってる仕事が見つかるはずだからな」


 と答えた。

 それを聞いてシャルロットはにっこりと笑った。


「そう、よかった。じゃあ今日までは一緒にいれるのね!」


 と張り切るようにシャルロットは髪を揺らしカルへ微笑みかけた。

 そしてシャルロットはザザの方へもう一度視線をむける。


「ザザは今日何したい?」


 と訊くとザザはきょとんとした。


「俺か?」

「もちろん。あんたは今日の主役なんだから」


 そこまでするもんかね、とザザは言いたげな顔を浮かべた。

 少し考えるように唸ってふと空を眺めた。


「街を歩きたい。この国の景色を見て周りたい」

「ほほう、でもそれって一人でも出来ることない?」

「お前らと歩きたいんだよ。散歩は確かに趣味だが……ダメか?」


 シャルロットが疑問符を打って呟くと。

 ザザはすぐにそう云ってシャルロット、カルと視線を移した。

 相変わらず表情の変化はなく何を考えているのかわからないが、まあいいかとシャルロットは息を漏らす。


「僕は何でもいいよ。ザザと一緒に居られれば」


 カルもそう言った。

 そして下手な微笑をザザに向けた。

 といった具合で、南の王国オリアナへ着いた一行は歩き出した。



 *



 花屋、果物屋、食べ物屋がずらりと点在しており、果物屋の前ではカルよりも幼い子供たちがかけっこを楽しんで、道端では行商人が大声で売り文句を叫ぶ。

 そんな人混みを歩き、三人はガヤガヤとした人々の声に耳を傾けながら歩いた。

 「なんだか混んでいるね」とカルは首を傾げる。


「そうね。何か行事でもあるのかな?」

「オリアナはこの時期になると、どこもこんな感じだ」


 カルとシャルロットの言葉に、先頭を歩くザザは背中越しに教えてくれた。

 そしてザザは続けた。


「オリアナには『伝説』があるんだ」


「伝説?」とザザの言葉にカルが聞き返した。

 するとザザは人混みの中で停止し、体の向きを変えて道の外れに歩き出した。

 シャルロットとカルはそれについて行った。

 そして脇道へ入るとザザは説明を始めた。


「それは数十年前。喧嘩っ早い隣国とよく戦争していたときだ。オリアナは防戦一方で隣国に攻め入る事すらできず、とある場所にあった『青空が反射する美しい池』を煙で埋め尽くしてしまった。そんな状態がまるまる一ヶ月続いたんだ」


 脇道へ入ると人気がぐんと減り、冬らしいつんとした寒気を孕んだ隙間風が頬にあたった。

 カルはザザの横に移動し、話を聞こうと姿勢を整えた。


「するとな、怒ったんだ」


 ザザはやけに強調して云った。


「空をこよなく愛し、そして空に愛された女性が怒ってしまったんだ。その女性は空を汚した二国を両成敗しようと動き出し、あっという間に隣国は滅んだ」

「えっどういうこと? そんなことできる人がいるの?」

「いるんだよ。それもそいつはまだ生きている。――現行四大魔女の一角『穹の魔女』さ」


 その名前を聞いたカルはぞっとしたような表情を一瞬浮かべた。

 でもすぐカルは目をぎらぎら輝かせた。

 橋を渡りながらザザはそっと振り返って、カルを見下ろした。


「穹の魔女はオリアナと戦っていた隣国を滅ぼしたあと、喧嘩両成敗って名目でオリアナも滅ぼそうとした。……だが、そうはならなかった。隣国を滅ぼした後、穹の魔女はオリアナにも手を出そうとしたが、当時の王が彼女を説得し、『三条の誓い』を結ぶことで、国を守ることができた」


 俗にいう『オリアナの三条』とはそれのことだ。

 とザザは話を締めくくる。

 有名な話だが、幼い間幽閉されていたカルにとって、とても新鮮に思えたらしい。

 両手を胸の前で上下させ楽しそうにしていた。


「ザザはこういう逸話みたいなの詳しいの?」


 カルは尋ねた。


「そうでもない。ただ旅の年季が違うだけだ。とはいえ、オリアナは始めて来た」

「こらこら二人とも、道のど真ん中で止まらないの」


 アーチの上で止まって雑談していた彼らにシャルロットは割り込んだ。

 灰色のローブが水路の上を通る風に靡いた。

 少年のブロンド髪も男の分厚いコートも揺れ、男はふと水路を見る。

 その時、シャルロットはそっと少年の真横に立つと、右手に隠していたものを少年に手渡した。

 渡されたものをみて少年はシャルロットに見上げる。

 シャルロットは笑みを浮かべて囁いた。


「いっておいで」

「……うんっ!」


 少年は無邪気な笑顔を浮かべてから、そう一人、大通りへ走り出した。

 シャルロットはチビをカルの上空につけ、アーチの上で残ったザザと二人っきりになる。

「カルに何を渡した?」とザザは背中で訊いた。


「お金。ザザにサプライズプレゼントでも買っておいでってメモつきで」

「なるほどな。サプライズじゃなくなってしまったが?」


 ザザが面白くなさそうに言うと、シャルロットはそれに「まあまあ」と返した。

 何とも言い難い沈黙が流れた。風がしきりに強くなった。


「カル、笑うようになったわね」


 ふと、シャルロットは呟いた。

 ザザは目線を風に向ける。


「そうなのか……そういえば、確かに以前より表情が柔らかいな」

「あんたと出会う前の街で色々あってね。それから徐々に心を開き始めているみたい」


 そう言いながらシャルロットはザザの真後ろに立った。

「そうだったんだな」とザザは何てことないように水路を眺めながら云う。

 シャルロットはそんな彼に胡乱な目を向けていた。


「もう気が付いているんでしょ?」


 シャルロットが声を凄ませた。

 水路にまた冷たい空気が通った。


「…………」


 離れた場所から人混みの音が響き、水路のせせらぎと、反射した太陽光が緩やかに踊っていた。

 アーチの上の二人の男女の間にも冷たい隙間風が通り過ぎた。

 その風は、ささやかな緊迫感を作り出した。


「……何の事だ」


 ザザはしらばっくれた。

 まだザザは水路に流れる風に視線をあげていた。

 シャルロットは彼の背中に目を据えた。


「私の正体とカルの過去よ」


 指摘するように言い放つと、男はやおら振り向いた。

 ザザはため息をついた。

 ザザのコートとシャルロットのローブが、強まる風に靡いて行った。


「ああ。否定はしない」


 ザザは真正面からシャルロットを見て云った。


「お前が『卵』であることも、カルがあの『オメラスの唱』の被害者であることも、何んとなくな」

「まぁ、カルの方はそこまで隠してなかったから。いいけどさ」


 言いながらシャルロットは一歩引いた。


「どうして私が『魔女の卵』だって気が付いたのかが疑問なんだよね」


 その言葉はザザの鼓膜まで届いて、ぽちゃんと水路に落ちた気がした。

 小さな波紋が水路で光り、ザザは顔に微笑を張り付けた。



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