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2「確かに、いずれ敵になるかもしれないな」


 『魔女の卵』――。


 本来魔女しか使えない『黒魔術』を使えるシャルロットが、自分の事をそう形容することが多々あった。

 その用語は世間に全く浸透していないものでありながら、そう自称する存在は確かに何人かいる。

 そして彼ら彼女らは、シャルロットと同様に――『黒魔術』が扱える。

 シャルロットは気が付いていた。

 どうやらザザが、それを見抜いていると。

「特段凄いことでもないだろう」ザザは微笑をそのままに云う「目の前でよく使っていたじゃないか」


「私はね。持てる力を隠して戦うのは卑怯だと思っているの。己の力の誇示だとか上っ面の理由も確かにあるけどさ、にしても、『魔女の卵』の単語を認識してるってのは、魔女について詳しいってことになるんだけど」


 シャルロットは言いながら、ローブに隠れた位置で杖をザザに向けた。

 『魔女の卵』を知っている存在なんて限られている。

 魔女自身、同類、そして『聖都』もその一組だ。

 カシーアでハーブクレイアが、シャルロットの事を異質だと見抜いていた。

 あの時点で聖都にどこまでの情報があったか分からないが、シャルロットの存在が聖都にとって『魔女と関わりがあり、かつ黒魔術を使える存在』と認識された。


「――――」


 シャルロットは一度『聖都』の司教と交えた。

 彼らはどこにいるか分からないが、確かにシャルロットとカルを暗闇から観察している。

 二人の関係性を知っていたからこそ、宿に魔術で『変装』して乗り込んで来た。

 ……しかし彼らは監視していると言うのに、一向に仕掛けてはこない。

 この旅の間も、何度か隙だらけな場面があったはずなのに。

 シャルロットはそれがずっと疑問だった。


「…………」


 そして私はこう思った。

 彼らは私たちの情報を集め、絶好のタイミングで仕掛けようとしている。

 彼らは腐っても国の機関で学者。

 常に情報を集め、集約し、そして穴を探している。

 だから仕掛けるタイミングを常に探っているのだ。

 それは、こちらから想定できない。

 私がわざと隙を作っても襲ってこないあたり、あいつらはあいつらの策略で、私たちが対応できないタイミングを狙っている。

 そういう風に考えるなら、あからさまなザザは『特別に』怪しい訳じゃない。


「ザザ、あんたは私とカルの敵?」


 不安はぬぐえない。

 杖を構えてシャルロットは問う。

 ザザはシャルロットの顔を自若とした顔で見ていた。

 途端に彼の一挙手一投足が怖くなった。

 コートの揺れ、足の向き、軸の場所、手、視線、口元――。

 ありとあらゆるザザの動きに意識を張り巡らせ、シャルロットは意識を張り詰めた。


「…………」


 するとザザはふっと笑みを見せた。


「確かに、いずれ敵になるかもしれないな」

「――!」


 その言葉を聞いた途端、シャルロットは杖で魔術を発動させた。

 白い閃光がローブ越しに放たれ、ザザ向かって衝撃波が向った。


 ――『淡く光る紫の宝石』がほのかな波動を放ち、シャルロットの魔術を弾き返した。

 それはただの装飾品には見えなかった。

 まるでザザの一部であるかのように感じられた。


「は?」

「落ち着け。最後まで言っていないだろ」


 ザザの首でふわりと浮かぶネックレス、それをみてシャルロットは刮目した。

 「それは?」と杖を強く構えて問いただした。

 ザザはシャルロットに静止を求めた。


「……敵になるかもしれないと言ったが、それは今じゃない。そして俺はお前が怖がっているような存在でもない。最初から言っていると思うが俺は傭兵だ。金さえ払ってもらえば何でもする」


「答えになってない」シャルロットは眼を走らせた。

「ネックレスについては答えない。俺はお前と違う」今度はザザが言葉を凄ませた。


「…………?」

「俺は傭兵だが、お前らに手伝ってもらってこの国までやってきた。それは俺の個人的な負担軽減に付き合わせただけだ。他意はない。全くな。だからこの国にやってくるまでは敵じゃないし味方でもない。いうなれば仲間ってところだ。だが、ここで俺らが解散したら、その関係も終わり。俺は傭兵家業を再開する。例えば、その後に依頼でお前らと戦えと言われたら問答無用で戦う。……俺にとってお前らは、味方じゃない。都合がいい仲間だっただけだ」

「……つまり、まだ私たちは仲間ってことね?」


 ザザの言葉を聞いてぐっと言葉を呑み込んだシャルロットがそう問いた。

 ザザは冷静に小さく頷いた。


「解散した後は敵になるかもしれないってことだ。俺は俺の思惑で誰かを殺さないし守らない。全ては、金次第ってことだ」

「……信用していいの?」

「それはお前らが決めろ。信じないなら俺は今すぐどっかに行く。目的は果たされた。この国に無事に到着したなら、お前らに用はない」


 その時の彼は冷徹な感情を表に出して言い放った。

 その間、ザザの顔色は全く変化していなかった。

 ……とにかく興味が無さそうで、心底どうでもいいような目をしていた。

 シャルロットは固唾を呑んだ。

 考えるに、司教は予想できない手を取ってくる。

 こちらの想定を大きく超えるようなやり方で、自分らに接触してくる。

 だから怖い。

 ザザがもし手のひら返して攻撃をしてきたら。

 あの恐ろしく早い鎌で切り付けられたらと考えると。


「…………」

「……」

「……ごめんなさい、ちょっと神経質になっているみたい」


 シャルロットは杖をローブから出して、攻撃の意思がないと見せるように両手をあげた。

 ザザはそれをみて、ちょっとだけ浮かない顔をしてから、

「ずっと俺を怪しんでいたのか?」と呟いた。


「うん。まあ、前の街で色々あったからね」

「そうか。それは仕方ない」


 結局分からなかった。

 カシーアでの司教のやり方は、まったく想像できない方法だった。

 今後対策するにも、ああいうことをされてしまうと難しいだろう。

 常に宿の隣の部屋を借りるわけにはいかないし、恐らく前回と同様の仕掛けは逆に対策されるだろうし……。


「あ」


 なんてところで、シャルロットは突然呟いた。


「どうした?」

「……カルが揉めているみたい?」


 シャルロットは顎に手を添えながら言った。


「どういうことだ?」

「分からない、チビから。でも見る感じ、相手はチンピラみたい?」

「チンピラか」

「知らない土地でお使いは流石にだったか……カルと合流しよう」


 シャルロットの眼は泳いでいなかった。

 一先ずはザザを信じることにしたらしい。

 橋から駆け足で下ったシャルロットを見て、ザザは声をあげた。


「急ぐ必要はないだろう」

「え⁉ なに?」

「急ぐ必要はない」


 とザザが繰り返して云った。

 シャルロットは「それもそうか」と肩の力を抜いた。



 *



「おいガキ、払えねぇってのはどういう事だ」


 割れている立派な胸筋を見せびらかすラフな格好をした男。

 その背後でガリガリの人相悪い男が少年に詰め寄った。

 その場所は大通りから外れた路地裏の露店で、従業員の男から物を買おうとした少年は、その従業員の男に変な難癖をつけられていた。


「えっと、この値段って言いましたよね?」


 少年、カルは首を傾げて尋ねた。


「それは表向きはな」

「じゃあ値札は嘘なんです?」

「生意気なガキには特別料金ってことだよ」


 高圧的な態度にカルは「はあ」と軽いため息を吐いた。

 そんな様子が気に入らなかったのか、ラフな格好をした男は舌打ちをする。

 そして、机を挟んだ先にいるカルに顔面を近づけた。


「てめえガキのわりに立派なナリしやがって、お前みたいな貴族に売る物はねえのよ」


 高圧的な事を言われ、カルの背中に冷たい汗が伝う感覚が芽生えた。

 だがカルは必死に、笑顔を保った。

 こういう大人は舐められると後々面倒くさいからだ。


「僕は貴族じゃありません。冒険者ですよ」

「嘘つけ! 貧相な体で杖もねえガキが冒険者だと?」


 貴族はもっと小綺麗で聡明だと思うけどな、とカルは想いつつぐっと我慢した。

 とりあえずまだ交渉の余地があるのなら。


「本当です!」

「信じられねえな!」


 男二人は嫌味な言い方で痰を地面に吐いた。

 そんな二人にカルは困り顔を浮かべる。


「う、うーん。持ってないものは出せません。本当に値札の値段でじゃダメなんです?」

「ダメだな」


 と男はもう一人の男性と視線を交わし、半笑いになりながらカルを睨んだ。

 ――カルの背後には、三人の強面の男性が棍棒を構え隠れていた。

 彼らは弱そうなカルを標的に定め、奇襲して金品を奪うような強盗団だったのだ。

 カルはそんなことに気が付かず路地裏にはいってしまった。


「仕方ないですね……。購入は諦めます」


 そう落ち込みながら脱力し、カルは路地裏の入口へ体の向きを変えた。

 そこには棍棒を構え隠れていた男どもが立っていた。


「これは?」

「ほんの挨拶さ。金目のもん出しな」


 横に居た露店に座っている男に尋ねると、嫌味な顔のままそう言った。

 背後に立っていたガリガリの人相が悪い男は、懐からナイフを取り出した。

 そこでやっとカルは自分が置かれた状況に気が付いた。


「追いはぎですか……」

「正ぇ解」


 路地裏の入口に経った男が挑発するように棍棒を左手の平に軽く振り。

 じゅるりと嫌な音で舌なめずりをした。

 カルはそれをみてため息をついた。


「……僕って、もしかして運がないんですかね」


 言いながら、カルは左手で右腕の服を捲り始めた。


「そうかもしれねえな。安心しな、出すもん出せば殺しはしねえ」


 男はカルを見下しているような目つきで言い。

 そして後ろの仲間とそれらしい悪役笑いを交わした。

 そんな彼らをみてカルは至って冷静で右腕の服を捲り、左手で首にさげたメーターをみつめて。

 カルは右腕に力を籠めた。


「……な、なんだ?」


 少年の右腕から赤黒い四角形の物体が赫い光と共に溢れた。

 それは瞬く間に右腕を覆い、少年がメーターを注意深く見つめながら、息をゆっくりと吐くと、

 次の瞬間、淡い光が強く光り出した。

 少年の右腕を覆った謎の物質はみるみるうちに形を整え――それは巨大な拳となる。

 そしてカルは前を向いて呟いた。


「――侵食値四十、赫拳レッド・ナックル


 赫病を扱えるように訓練し習得した技の一つ赫拳レッド・ナックルだ。

 路地裏には妙な空気が流れた。

 見る者すべてに寒気を与え、威圧感を再現し、そして男たちを圧倒した。

 カルは赫病の扱い方をこの三ヶ月間、訓練していたのだ。


「なんだよ! その手は⁉」


 路地裏の入口に立つ男は怯えながら叫ぶと、カルはやっとメーターから目を離した。


「侵食値五十を過ぎると街の特殊な魔物探知機に反応しちゃうからな……。っ、維持するの大変だ……」

「あ、あぁ⁉ 何者ンだてめェ!」


 男は冷や汗を流し、恐怖に囚われた表情でカルを睨んだ。

 カルはそんな彼らをみて、ただ一言呟いた。


「僕はただの旅人だよ」

「ッ!」


 カルは小さく詠唱をした。

 魔術、神速と。


「……ッ⁉ 消えた?」


 神速によって姿を消したカルに路地裏の入口に立っていた男は慌てふためいた。

 その時、露店のほうで座っていた男が指をさして叫んだ。


「あ、兄貴!」


 その声で、戸惑っていた男どもは露店の男が指さした方向に振り返った。

 それは男たちの背後だった。

 カルは路地裏の入口から見える人混みを背に、右腕を大きく振りかぶった。


「はあああああ!」


 拳を強く空間に突き出すと赫い閃光が路地裏の壁を伝った。

 そして拳の先で生まれた暴風が、男たちを持ち上げ吹き飛ばした。

 遥か彼方にある水路に、男たちは勢いよく着水する。


 赤黒い光が右腕を覆い、赫い拳が空気を震わせた。

 その一撃は路地裏の空間を裂き、暴風を巻き起こした。


 カルの赫病は、進化していた。


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