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9「血稚――」


「月光は御好きかしら」


 静寂を破壊したコウモリの羽ばたき。

 音の元の真下でシスターは、切り裂いたような笑みで二人を見つめた。


「一日に侵入者が三人。用務員さんのお仕事を増やすなんて、いやらしいお客さんですね」

「っ」


 クリスが短剣を強く握った。

 その背後でカルも杖を取り出し形だけでも戦う気配を出す。

 当初、話が出来そうな雰囲気なら対話をしようと決めていたのだが、どうやらそれは叶わないようだった。

 眼前のシスターから感じる恍惚とした殺気が、二人に存分に伝わっていた。


「……ナナという女の子を知ってる?」


 そんな中、クリスは勇気を振り絞って問いた。

 するとシスターの顔は変わり、紫紺の瞳がこちらをじっくり覗いた。


「なんですって?」


 まるで狂人のように浮ついた言い方だった。


「だ、だから。ナナという女の子を知らないかって」

「あぁ、ナナ」


 シスターはぽつり名前を呼び、繰り返すように小さく呟いた。

 途端、彼女はぎょっとした目つきになり、二人を睨んだ

 次の瞬間、ノコギリのような鋭い歯を覗かせ。

 ――彼女は自ら右手首の動脈を噛みちぎった。


 にくにくしい音が鼓膜を不愉快に叩き、カルとクリスは血の気が引いて後退りしてしまう。

 すぐさまシスターは自分の黒い血を口の周りにつけながら、一そう紫紺の瞳を光らせ、にっと下品に笑う。

 コウモリが激しく羽ばたいた。


「くっ! カル!」


 コウモリは講堂で飛び回り束となり、羽ばたく音が幾重にものしかかり、その隙間から紫色のオーラが垣間見えた。

 『コウモリ』『黒い血』『紫紺の瞳』。

 それら三つの特徴は、カルに一つの気付きを与えた。

 それは、つい昨日読んだ本にある伝説の存在。


吸血鬼ヴァンパイア……?」

「ウフ、アハハハハハ!」


 そう呟いた刹那、女の上機嫌な笑い声が講堂を駆け抜けた。

 束になったコウモリが一気に二人を襲った。

 騒がしい羽ばたき音と顔にかかるコウモリの数々に翻弄され、その中でカルはクリスの右手を必死に掴んでいた。

 体中が殴られている様に激しく痛み、カルは咄嗟にコウモリの群れから逸れるように彼女を引っ張った。


「クリス!」


 彼女はビクともしない。

 カルは最後の力を振り絞って。

 ――赫病の創造でコウモリを防御した。

 群れの中に見える光を手繰り寄せるように進み、そして飛び込んだ。


 二人は教会の窓を突き破り、外の墓地に出た。

 コウモリは空けた穴からすぐ溢れてくるが、カルはボロボロになったクリスを引っ張って離れようとした。

 クリスはコウモリの猛攻をうけて脱力していた。


「ッ、クリス!」

「どこに行くつもりですか?」


 振り返ると、墓地を背後に紫紺の瞳を覗かせるシスターが立っていた。

 まるで足音がしなかった。

 その目は据わり、右手首と口元に黒い血がべっとりついていた。


 背筋がぞっと震えあがる。

 だが勇気を出して、カルは叫んだ。


「攻撃をやめてください! 僕とこの子は別に悪いことをしようとは」


 「……」シスターは据わった目のままじっとこちらを見つめた。

 まるで聞く耳をもっていないようだった。


「だから! 理由があって! ……うわっ!」


 弁明の余地はないと言わんばかりに、教会内から溢れてくるコウモリがカルの頭部を襲った。

 必死に腕を振ってコウモリを振り払うと、その一瞬のうちにシスターは消えていた。


「どこに……⁉」

「――血稚けっち、茨」

「ッ!」


 声が響き振り返ると、教会の屋根の上でシスターがそう唱えた。

 すると割れた窓からあふれるコウモリがみるみるうちに形を変え、それは巨大な『茨』のよう形相になりカル目掛け放たれた。


「侵食値四十、赫拳レッド・ナックル!」


 即座にカルは反応し、右手に未知エネルギーを集結させ『赫拳レッド・ナックル』で『茨』を打ち消した。

 巨大な拳に棘がぶつかり合い、脆かった茨の方が爆散した。

 そして見ると、その棘は黒い液体になりその場に飛び散っていた。

 そこでやっとカルは気が付いた。


「まさか、コウモリも棘も血液?」


 途端、答え合わせをするかのように爆散した黒い血が浮遊した。

 そして浮いた黒い血は、紫紺の瞳のシスターの背後に飛ぶコウモリへと姿を変えた。

 どうやら彼女に会話できるほど冷静ではないように見受けられた。


 これは本当に、この孤児院が普通ではないという証拠なのかもしれないが、しかし。


 カルは赫拳レッド・ナックルを構え思考を巡らせた。


 (シャルロットと距離が離れているから。

 チビの知らせがあっても間に合わない可能性がある。

 この人の攻撃はさっきから随分と殺傷能力が高い。

 だから、どのみち僕が戦って時間を稼がなきゃいけない!)


 チビは既にカルが教会の窓を突き破って出て来た時点で、シャルロットにこの事態を知らせているだろうがそれも間に合わない。

 今に集中しなければ危険だった。

 目の前のシスターの攻撃を捌く、それが今のカルにできること。

 シスターはふっと笑みを浮かべ、首を傾げた。


「――血稚けっち、棘騎士」


 唱えると血は宙で破裂し、浮く液体は二つの塊へ収束する。

 それらは形を変え、うねり、剥がれ、巨大な二体の甲冑が現れた。

 甲冑は宙から地面へ両足をつくと、その甲冑は動き出しカルに襲い掛かった。

 一体の甲冑が右腕を大きく振りかぶり、カルの頭上に拳が迫った。


「くっ!」


 カルが赫拳レッド・ナックルで防御するも、すぐさまもう一体がこちらに迫ってきた。

 咄嗟にカルは赫拳レッド・ナックルを分離した。

 それを一体目の甲冑に纏わりつかせ、身動きを封じ込めた。

 もう一体の甲冑が接近してくる。


「ふッ!」


 カルは左手で右手首を掴み、力を籠めた。

 ――赫いアザが淡く光り、そこから新たな未知エネルギーが生成された。

 そうして、新たに赫拳レッド・ナックルを創造する。

 カルは赫拳レッド・ナックルに力を籠め、息を小さく吸ってから甲冑を狙った。


「撃て!」


 赫拳レッド・ナックルに未知エネルギーを籠め、発散させた。

 巨大な拳にエネルギーが伝播し、それが勢いよく打ち出される。

 突風が起き、地面が揺れ、命中した甲冑は粉々に爆散した。

 ――脆い。あの甲冑。

 いいや、恐らくシスターが自身の血で作る物体ははなから脆いのだろう。

 その背後で、最初に無力化した甲冑がどろどろに溶け、シスターの背後に飛ぶコウモリへと変化したのを見届けたカルは呟いた。


「……しんどい!」


 未知エネルギーを用い生成・創造するカルに対し、一度外側に出せば好きに構築・創造が可能であるシスターの血の使い方……分が悪い。

 あちらは消耗がないというのに、カルはずっと体力を使い続けている。

 カルは顔を歪め首にかけているメーターを覗くと、侵食値は三十三だった。

 クリスに目を移すと、彼女はまだ意識を取り戻していない。

 先ほどのコウモリの猛攻、カルはまだ防御の手段があったが、クリスにはなかった。

 目立つ傷は見当たらないが、体のあちこちが汚れている。


「魔物」

「っ」


 声がし正面をみると、シスターが立っていた。

 彼女は未だに目が据わっていた。




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