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23「逆に目立つのでは?」

 陽気な楽器の演奏と人のざわめきを通り過ぎ、オリアナダウンを抜ける。

 表はあんなに騒がしかったというのに、裏に入るとあたりはしんと静まり返った住宅街であった。そんな中を馬車で進み、橋を渡り、そして眼前の檻が開閉する。

 王城へ入場すると、中庭には人だかりができていた。空を見上げると立派な石レンガで作られたお城が聳え立ち、その威厳と美しいフォルムを魔石のライトで暗闇を照らす。その中腹に当たるベランダからはわずかに灯りが漏れており、中からオリアナダウンで聴いた音楽とは一風変わった上品な演奏が聞こえてくる。


「リハク・ワーグナーから参加権仮面を譲渡されました。カルと言います」


 門番に渡された書類を読み、印鑑を押しながら言う。


「分かりました」


 と門番は裏で座っている受付嬢に確認を取らせる。確かに、リハク・ワーグナーという人物へ参加権仮面は送られていた。門番は次にリハク・ワーグナーという人物の個人情報を訊くと、カルはそれを難なく答えた。

 カルの顔には微かに緊張が浮かんでいた。


「確認取れました。間違いはありませんね。ようこそ、仮面舞踏会へ」


 青い兎の仮面をかぶったカルは安堵した表情を浮かべ、そして城内へと進んで行くのだった。

 その後ろから、三人の同行者がカルに続いた。


 こうしてシャルロット、カル、シスター、クリスティーナは、王城へとやってくる。


 *


 ほぼ同時刻、二番区のとある場所でザザ・バティライトはため息をついた。


「どうやら、チビは陽動だったわけか」


 オリアナダウンの祭りを楽しむ群衆の中で、ザザだけが屋根の上で片膝を立てて城門を眺めていた。その星々の中の一端には、黒い飛行物体がふらふらと飛んでいる。

 ザザはそれを見て、理解した。


「相変わらずシャルロットは、チビの扱いが雑だな。それで」


 背中を屋根に付け、自分の頭上に立つ男を見つめる。


「お前は誰だ?」


 男は黒い髪を冬の風に揺らし、革ジャンを羽織ったロマンスグレーの男性だった。男性は首元にある赤色のマフラーを風に靡かせる。


「君が、金の亡者かい?」


 男はしわがれた低い声で問う。


「武器を持たず、足も小鹿のように震わせながら、何の用だ」

「まだ一言しか交わしていないというのに、不躾な男だね」


 男は両手でやれやれと表現する。


「礼儀作法を習っていないのでな。それに、傭兵の必須スキルにも作法はない」

「へえ、ありそうなものなのにね」


 謎に軽い口調で男は語る。ザザは立ち上がり、右手に鎌を展開して男を見た。


「なんのつもりだ」

「ちょっと時間稼ぎを頼まれていてね」


 と、男は片目を閉じて笑う。


「お前が?」


 ザザは意外そうに言うと、男は黙って縦に頷いた。そして胸ポケットからハンカチを取り出し、それを冬の風に乗せて飛ばす。そして男は、ふとザザの視線に気が付いたように首元のマフラーに手を伸ばし、


「このマフラーいいだろう。孤児院の子供たちが作ってくれたんだ」

「お前と会話する理由はない。俺は先を急がせてもらおう」


 男の意図が読めない行動に意味を感じないザザは、そう男に背を向けた。


「それは困るなぁ、せっかくお話できると思ったのに」


 男は残念そうに語るが、しかしザザはそっぽ向いて静かにチビを捕まえようと足に力を入れた。――その時、ザザの数メートル先に、宙をひらひら舞うあのハンカチがあった。


「…………ッ」


 刹那、そのハンカチは発光し夜空に閃光が走る。ザザは思わず右腕で顔を守るが、――存在に気が付き鎌を真横に構えた。


「お前は?」


 刃先には見覚えのある女性が、静かにこちらを見つめていた。いつの間にか真横に移動されていたことに混乱を覚えるものの、ザザは女性の急襲には反応することができた。女性は薄い緑髪を冬の空に流し、薄青色の瞳に丸渕メガネをかけてザザを見つめる。


「……なるほど、エミリア・ラドゥー」

「どうやら、私を殺せないのは変わらないようね」


 そう、二人は。

 リハクとエミリアは、シャルロットのチビを使っておびき寄せられたザザ・バティライトの足止めを引き受けたのだ。


 *


 城内を歩きながらカルは思い出す。

 三日前、シャルロットがオーロラ王女と顔見知りであることが共有され、また仮面舞踏会への参加権を手に入れた事で、とあるの作戦が立案された。その一つ――それが王女様への直談判である。


 仮面舞踏会は王城で執り行われる年越しイベントである。もちろんそのイベントでは、例年通り『国民・貴族・研究者。そして王が出席する』ことが毎年の恒例行事なのだ。

 そこでシャルロットが彼女、オーロラ王女と接触し、司教から追われていることを伝えられれば、それは司教にとって最悪な対応と言える。

 司教はオリアナの中で自由に行動できないというのは、ザザの撤退により判明したことで、そしてその理由が『オリアナとラディクラムの信頼関係』であるというのは既に判明していることだが。

 なら簡単な話で、『王女様をこちらに引き込んでしまえば』、全てが丸く収まるのだ。

 でもこれには不安要素が多々ある。


「――――」


 (まずシャルロットとオーロラ王女の関係性がどういった物なのかだ。

 シャルロットは謎に自信満々に『彼女とは友人だ』というけども、その真偽は僕にはわからない。それに聴くと友人関係にあったのは数年前、加え互いに子供だった時期とのことで、一そう怪しいと感じる。


 シャルロットが言うに、「何故冒険者である自分に招待状がやってきたのか……、それはあの子が私を認知して会いたがっているからだ!」と言い切っていた。けども、果たしてそれは信じていいのだろうか……。僕には分かりかねる。


 でもあそこまで自信満々なシャルロットを、僕はこの約一年間、見た事がなかった。

 つまり何か、確信めいたものがシャルロットにはあるのだろうと思う)


「はは、肝心な時に勘だよりか」


 思わずカルは乾いた笑いを零す。


「こら、変に喋ると怪しまれちゃうよ」


 と自分の後ろを歩いていたクリスティーナに釘を刺され、カルはすんと口をつぐんだ。とはいうものの、周りの人だかりや会話内容を聴けばすぐ、自分ちの会話が周りに漏れる事はないと察することができる。

 場所は、仮面舞踏会である。

 見回すと様々な動物、物、概念のイメージをかたどった仮面をそれぞれつける人々が溢れかえり、カルが居る場所には他にクリス、シスター、シャルロットがいた。当のシャルロットは王女さまを探すのに必死のようだが、ついてきたカルとクリスは身長の問題もあり、人混みの中で誰かを探すというのは向いていない。


「そういえば」


 カルは零す。


「クリスはどうして付いてくるって頑なだったの?」


 と、カルは彼女の顔を見る。彼女は花がかたどられた仮面をかぶっていた。


「それは……ほらっ、人探しならみんなでやった方が早いじゃない? ほかに事情を知っている人の中で手が空いている人はいなさそうだったし、みんなあっちの方で忙しいじゃん?」


 彼女は自身のピンク髪を指で遊ばせながら、妙に焦って云う。

 優雅なヴァイオリンの演奏と人々のざわめきが支配するこの空間で、二人はシスターの後ろを歩きながら会話をする。


「なるほどね。それなら助かるよ。……まあ思いのほか、僕もあまり戦力にならなそうだけど」


 と、自分の身長についてやや自嘲げに呟いた。するとクリスもふふと笑みを浮かべ、


「確かにそうね」


 身長差でいうなら多少クリスの方が年齢も合わさり高いものの、やはりそれでは探し物に適さないみたいである。その時、シスターは振り返って二人の存在を確認した。


「おっと、お二人は大丈夫ですか? 人混みですので、気分とか体調等も気を遣うでしょう」

「大丈夫ですよ!」

「変わりなく」


 カルとクリスの元気な返しに、シスターは胸に手を当てて息を落とす。


「それならいいのです。しかし用心を怠ってはいけません。門番の検閲により目立った武器は持ち込めませんでしたが、もしかすると――この会場内に司教がいてもおかしくありません。彼らと接触しないよう用心しつつ、彼らにカルさんが連れ去られないよう面倒をみるのがワタクシの役目です」


 「分かっていますよ」とカルは真剣な面持ちで相槌をうち、周囲を見回す。


 華やかなヴァイオリンの音色が響く中、カルは背後の人混みから目が離せなかった。どこかに、目に見えない敵の気配がする気がしてならない……。


「そういえばシスター」

「どうしましたかクリスさん」

「シスターは仮面をつけていても分かりやすいね」


 言われてみると確かに、とカルは思った。


「孤児院に、ドレスとかなかったの?」

「ありましたけど、でも……修道服もオシャレかなと」

「あっ、……なるほど」


 (シスターさんって変なところで抜けてるのかな……、舞踏会で修道服の女性がいたら、逆に目立つのでは?)なんてことを胸に秘めながら、ふとカルはあることに気が付いた。


「ところで、シャルロットは?」


 カルはシスターの細い手を握って訊く。


「あの方なら先ほど一人で人混みの中を進んで行きました。シャルロットさん一人ならよほどのことがない限り負けることはないでしょう。それに、そこまで遠くへは行っていない筈です。同じ室内にいるのなら、合流はたやすい」

「確かにその通りですね。……深読み臭いなと思ってはいますけど、本当に王女様の方から自分たちに、意図的に招待状を送ったのなら……」

「ええ。こちらが今追われている現状を、もしかしたら理解している可能性だってあり得ます」

「でもそれって……どうなんの? 実際問題、王女様がシャルロットたちの状況を理解している可能性ってあるのかな?」


 カルとシスターの会話に、首を傾げながらクリスティーナは疑問を呈した。それにシスターはあっさりと応える。


「分かりません」

「……まあ、そうよね。ボクとしても不安要素があるぶん、さっきから、気が抜けない」


 しんみりと言い放ちクリスは会場を広く見る。様々な仮面に彩られた舞踏会場。その中に蠢く司教の魔の手と、形勢逆転のカードを持つ王女様。これは運に任された先の読めない現実。

 あるのが敵か、味方か。

 それはその瞬間を迎えなければ、分からない。そんな疑心暗鬼な三人を取り残し、白いタキシードの司会の登場によって、仮面舞踏会は正式に開始されたのだった。


 *


 シャルロットは過去の彼女を。思い浮かべる。

 クマのぬいぐるみを持ち、家庭菜園の中心で父親に手を引かれていた少女。そんな彼女と「年下だが、仲良くしてやって欲しい」とお父親に勧められ、最初はしぶしぶ交流を始めた。オーロラちゃんはあまり友達との触れ合い方をしらないような子で、よく私と二人きりになると、どちらかが本を読み出したり部屋を出て行ったりしていた。最初こそこんな具合だったけど、意外と転機は早かったと思う。

 オーロラはいつも、寂しげな瞳でこちらを見ていた。だが、その瞳の奥には確かに、暖かな光が宿っていた。


「――ちゃん」


 彼女がもじもじと白銀の髪を弄りながら私の名前を呼んだ。私はなあにと言うと、彼女は云った。


「いっしょに絵本、よみませんか」


 口元を絵本で隠しながら頬を赤く染める彼女。そんな姿をみて私は、心にずっとつっかかっていた気まずさの棒がぽろりと取れた。


 あれから二十年以上が経った。彼女と最後に会ったのは十六歳の時、共に社交界で踊ったのが最後だった。


「…………」


 彼女はどんな大人になっているんだろう。

 あれだけ人付き合いが苦手そうだった彼女だが、もしかすると王女様となったことで様々な顔を使い来なし、気品のある風体になっているのかもしれない。と密かに想いをはせる。

 ことさらオーロラ王女について考えだしたのにはシャルロットなりの理由がある。

 それは僅かに身に残る欠片により、よく知っているようで忘れていた激情である。過去を忘れ、名前を改め、あの大火に全てを燃やしたと思っていた。何もかもを破壊し、奪い、不幸をもたらした自分への戒め。それが、全ての過去の忘却。……少なくとも、そう信じていた時期があった。そんな時代のとある欠片、想いが、今不思議とふつふつ湧き上がっている。

 これは恐らく期待だ。彼女、オーロラ王女という旧友の再会による興奮ではない。これは、オーロラ王女に認知されていたことによる、喜々とした感情である。

 恥ずかしい話、これは子供の承認欲求に似ている。一度彼女は絶望の淵に立ち自分を憎んだことがある。どうしようもない自分を否定し卑下し足蹴にした、あの最悪な気分が、ありありと蘇っていた。だからこそ、惨めな自分を認知し認めてくれる存在が、今数年ぶりに存在するかもしれないという現実に、過去の忘却した子供の私が目を覚ました。

 シャルロットにとって『シャルロット』として生きてきた時間は決して短い訳ではない。だから、その成果、『自分の生きざまを過去の知り合いに見せることができる』。そんな目も当てられないくらいこっ恥ずかしい承認欲求が、今ひょっこり顔を出していていた。きっと既に分かっている人もいると思うが――。

 シャルロットは、未完成側の人間である。


「――――」

「え?」


 とたん、背中をとんとんと叩かれる。

 振り返ると自分から遠ざかる女性の背中が、いやに目についた。不自然に感じそれをじっと見ていると――その人物は会場の人だかりから外れ、豪華な装飾が為された白い壁を伝い、大きな出入り口から照明のついていない廊下へと出て行った。

 普通ならこの程度よくあることである。たまたま肩と肩がぶつかり合った。そのくらいなら大したことではない。ただし、


「――きて」


 その急いた言葉が、背中を叩かれた時に聞こえた気がした。

 固唾をのむ。この声の人物が誰なのかはわからないが、少なくともその風貌から『ラクテハード』と呼ばれていた司教ではない。だからといって、例えば司教が他人を使って自分をおびき出すなんてことも考えられた。


「…………ッ」


 シャルロットは両手でぱちんと頬を叩いた。

 そして冷静になり、自分の興奮を胸に沈める。今の状況を俯瞰し、息を整える。

 邪念を捨て、真剣な表情を作ったシャルロットは、大きな出入り口へと歩みを進めた。



 廊下へと続く出口に足を踏み出すと、シャルロットの背筋に冷たい何かが走った。声の主は一体誰なのか。その答えは、闇の中に隠れていた。

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